第68話 王女の返事、そして最強のオカン
「王女さま、ようやく試作用の留魔石が手に入りました」
小走りでやってきたジュードの後を、アーロンが台車を力いっぱい押しながら追いかけている。
台車の上には大きな木箱が載っていて、中の黒い石が今にもこぼれ落ちそうにガタガタ揺れていた。
「おはよう、ご苦労様。こんなにたくさん集めるのは大変だったでしょ?……でもよかった、これで試作できるわね」
木箱いっぱいの留魔石を見て、二人を労った。
「鉱山の持ち主に掛け合ったんですが、なかなか売ってもらえなくて……。それで知り合いの商人に頼み込んでもらって、ようやく手に入りました」
困惑気味にジュードは経緯を話す。
「そうだったの。鉱山の持ち主の方からは理由は聞けた?」
「それが、『留魔石は売れない』の一点張りで……」
その時の様子を思い出したのか、彼の顔は少しだけ曇った。
「何かありそうね。
そういえば、この鉱石はどこで加工するの?」
初めて目にする留魔石。
胡桃大の石を摘み、目の高さで光に透かすと、黒く艶めいていた。
――宝石みたい、きれいね。
「うちの繊維工場がある工業地帯に、イストという精密機械の職人がいるんです。彼の工房に協力を依頼したいと思っています」
ジュードが答える。
手にした留魔石をそっと木箱に戻し、二人に視線を向けるララ。
「わかったわ、一緒に行くから日程が決まったら教えて」
「王女さま!ねぇ、見て見て。付与する魔法の提案書だよ、なかなかいい感じに出来たんだ」
王城の廊下を手を振りながら賑やかに現れたのはバートン。
「お前一人の手柄ではない。僕の知識があってこそだ」
先を歩くバートンに小言を飛ばして、ライオネルもやってきた。
「静かにしろ」
不意に伸びた手が、バートンとライオネルの襟首を掴む。
「ランゼルさん……」
二人は彼の眉間の皺を見て、瞬時に大人しくなった。
はしゃぐ子ども達を叱る母のようなランゼルに、ララは思わず笑い出す。
「ランゼル、二人を離してあげて。バートン、どんな魔法を付与するのか教えて」
なぜか王城の廊下で始まった、王女様所属を謳う面々の報告会。
楽しそうで賑やかな会話は、そこを通り過ぎる人々の注目を集めながら、しばらくの間続いた。
「あっ、僕これから簡易学校の先生だった。それじゃ、またね王女さま」
この後の予定をすっかり忘れていたバートンは、慌てて走って行った。
「ライオネル、ルーベンさんが呼んでるよ」
走り去ったバートンと反対の方向から、ノルフェリアの魔道士が呼びに来た。
嫌そうに口元を歪めてぷいっとそっぽを向くと、文句を口にする。
「気安く呼ぶな。僕はララ様に仕えるんだ」
肩をすくめてため息を吐くランゼルは、駄々っ子のようなライオネルに一言。
「黙って行ってこい」
渋々といった様子でノルフェリアの魔道士の後をついて行く。
ゆっくりした歩調で数歩進んでは振り返り、また進んでは振り返るライオネル。
ララの側を離れたくないと全身で訴えている彼の姿に、残った面々からは笑いが漏れた。
「それでは、僕たちも次の仕事に向かいます。留魔石を保管庫に持っていきますね」
そう言って、ジュードとアーロンも移動を始めた。
ふとランゼルを見上げると、彼の優しい視線が降ってくる。
嬉しくて、自然と口角が上がるララ。
愛おしそうにララの頬に手を伸ばすランゼル。
その手が触れる寸前、そっと顔を引いた。
ランゼルの温かい手を待つ自分に、ハッとして静かに首を振る。
――私はアルマティアの王女。
心のままに……動いてはいけない。
下がったララの視線に、宙に浮いた彼の手はゆっくりと重力に従った。
思いはここにあるのに、形にできないもどかしさが、二人の間に憂いとして満ちる。
黒い瞳が哀愁を帯びると、ララは悲しそうに微笑んだ。
「二人とも、そんな悲しい顔しないの!」
いきなり飛び込んできたその声は、王妃セリーヌ。
「ちょうどいいわ、こちらにいらっしゃい」
突然の王妃の登場に、悲しい気持ちもかき消されるほどの驚きを受けた二人。
セリーヌの先導で到着したのは、ヨハンの執務室。
「ほら、ここに座って。あっ、宰相、リーゼルを呼んできてくれるかしら」
一人で場を仕切り出す王妃に、執務室にいたヨハンも状況が掴めず困惑している。
「あなた、あれ出して」
「はて?何を出したらいいんだい」
手を出して催促するセリーヌに、首を傾げるヨハン。
「手紙」
ハッとした表情を浮かべ、慌てて執務机の引き出しから探し出すと王妃に手渡した。
受け取った手紙を、ララの目の前に出す。
「読んでみなさい。ランゼルも」
そう言って、正面のソファーに優雅に腰を下ろした王妃セリーヌ。
意図がわからないララとランゼルは、視線を交わすとゆっくり手紙を開いて文字を目で追った。
……っん⁉︎
『うちの息子、お婿にどう?』
最後に書かれたこの一文。
――えっ、どういうこと?
なんでここだけこんなに軽い感じで書かれているの?
それに、ここだけ筆跡が違う?
最初はちゃんとした親書のようで、今回の魔道士団の派遣や魔法教育への協力が書かれていた。
しかし、文末の『うちの息子、お婿にどう?』
ここだけが異質で、文体も違っている。
何度読み返しても、他の意味には取れなかった。
困惑したララは隣のランゼルを見た。
そんな彼は、組んだ手を眉間に当てて俯いており、何かを呟いている。
一度手紙に戻した視線をセリーヌに向けた。
そこには慈愛に満ちた母の顔。
「そこに書かれている通りよ。あなたの好きにしていいの。決めるのはあなたよ」
母の言葉が耳の奥で反響する。
徐々に小さくなる頭の中の声を、無意識に追いかけていると、波が引いたように静かになった。
「私……自分の人生、選んでいいの?」
やっと出てきた声は震えている。
「当たり前でしょ。親なら娘の幸せを願うものよ。あなたが一番幸せになれる方法を選びなさい」
「そうだよ、ララ」
セリーヌの隣に席を移したヨハンも、優しく語りかける。
「ありがとう」
両親の温かい言葉に、涙がこぼれはじめた。
「ララ」
呼ばれ振り向くと、そっと両手を包まれる。
「私と結婚してくれますか?」
ランゼルのシンプルなプロポーズに、嬉しくて微笑む。
「はい」
パンッ、と勢いよく扉が開いた。
「ララ、お嫁に行くのはまだ早いよ。お兄様を置いていかないで」
焦った様子のリーゼルが執務室に滑り込んできた。
「こら、落ち着きなさい」
セリーヌが一蹴するも、リーゼルは諦めない。
「ララが、お嫁に行くんだよ。そんな急に。まだ心の準備もできてないよ」
ため息を吐いたセリーヌは、ノルフェリアからの手紙をリーゼルに渡して「読んでみなさい」と告げる。
何故手紙なのかと疑問を浮かべた彼は、読み進めていくうちに表情を変えていった。
「お婿……。ララはアルマティアにずっと居る」
「そう。その手紙はランゼルの婿入りの打診なの。
それに、最後の一文はノルフェリアの王妃が書いたものよ」
「「「えっ」」」「やっぱり」
驚きと納得の声が重なった。
「ノルフェリアの王妃は私の親友よ。昔、お互いの子どもたちを婚約させたいねって話したことがあったの。でも、結婚相手って自分で選びたいじゃない? だから打診は来たけれど二人の気持ちを優先したくて、返事は保留にしてたところなの」
あっけらかんと話す王妃セリーヌ。
誰も知らなかった事実が次々と明かされ、その場にいる面々は言葉を失った。
「まぁ、うまくまとまった感じだし」
そう言って隣のヨハンの肩をポンっと叩くと、立ち上がってそそくさと執務室を出ていくセリーヌ。
――残された空気が、ふっと静まり返る。
そんな一部始終を見ていた宰相バロンは、ぽつりと呟いた。
「オカンのオカンが一番最強だな」
(第三部 完)




