表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/89

第67話 希望の涙、未来への誓い

「母さんは、座ってて。すぐ終わるから」


手探りで庭に出てきた母親に声をかけると、地面に転がっていた木箱を椅子代わりに置いた。


「いつもありがとう。助かるよ」

ハンスの手を取って微笑む彼女の視点は定まっていない。


「この洗濯物干したら、仕事に行くから。母さんとおじいちゃんのご飯は、テーブルにパン置いてるからね」


そう言うと母親の手を優しく解いて、洗濯カゴに手をかけた。


少し湿り気を帯びた夏の風が、干した洗濯物をゆらしている。

最後のシャツを干し終えて額の汗を拭った時、視界の端にシルバーブロンドが映り込んだ。


ハッとして庭先を振り返ると、そこには王女と黒髪の騎士が佇んでいる。


「……王女……さま」

思わずこぼしたその声を、ハンスの母親は拾うと、見えない目で探すように辺りを見回した。


「ハンス、誰かいるの?」

母親の戸惑いを混ぜた声に、小さく答えるハンス。


「うん、王女さまがいらしてる……」


驚きで息を呑むと慌てて立ちあがった母親は、小石に足を取られて体が傾いだ。


とっさにハンスが母親を支えて転倒は免れたが、ハンスも母親も王女の来訪に動揺を隠せない。


ゆっくりと近づくララの足音に、母親は礼をとる。

ハンスも慌てて礼の姿勢をとったが、先日の王女への態度を思い出して罰せられるのではないかと、落ち着かない。


「顔をあげて。突然訪問してごめんなさいね。今日は報告したいことがあったから」


その声を耳にした母親の表情が凍りついた。

異変に気がついたハンスは、小刻みに震える母の体を支え、必死に声をかけた。


「母さん、いったいどうしたの?」


「……申し訳ございません、見えないとはいえ、不敬な態度をとってしましました」

ハンスの手を払って、いきなり地面に膝をついて頭をさげる。


慌てたララが駆け寄って、母親をそっと立たせると、彼女の膝についた土を、ためらわず自らの手で払った。

ララにとっては自然な行動だが、ハンスと母親には驚きでしかなかった。


「何も不敬などありません。私も名乗りませんでした、驚かせてしまってごめんなさい」

穏やかに優しい口調で話すララに、二人は肩の力を抜いた。


「この前、一週間待ってって伝えた事覚えてる?」

一呼吸おいて話しかけたララに、「……はい」と母親は短く答える。


ハンスは思い当たる節がなくて首を傾けるが、『はい』と返答した母親が気になって、その顔を見つめた。


「あのネックレスは大切に持っていてほしいの」


王女の言葉の意味がまったくわからないハンスは、ララと母親の間で視線を動かす。


真っ直ぐにハンスを見つめたララが真剣な表情で口を開く。

「まずは、謝らせて欲しいの。知らなかったとはいえ、国として何も手を貸せずにいた事、本当にごめんなさい」


ララの真摯な言葉に、ハンスも母親も慌てて首を振った。

「うちの状況は、王女さまのせいでも、誰のせいでもありません」


驚きで声が裏返る母親は、焦ったように話した。


「そうです、この前は不敬な態度をとってすみません。僕が学校に行けなかったのは、誰のせいでもないんです。僕が決めた事なのに、あんな態度とって、本当にごめんなさい」

ハンスも声を張りながら、必死に言葉を発する。


軽く頷き、優しく目を細めたララ。

ゆっくりとはっきりとした声で言葉を紡いだ。


「今回、国はハンスのような子ども達をサポートする事を決めました。これから三年間しっかり基礎学校で勉強してほしいの。魔力循環もそこで学べるわ。それと、その間の生活費は国と各領主が保証するから、安心して学業に励んで」


突然の知らせに、ハンスも母親も声が出てこない。

何か言おうと口を動かすが、意味をなさない単語が出るばかり。

全く想像すらしなかった事を耳にした二人は、しばらく呆然と立ち尽くした。


心配したララが、ハンスの名前を呼ぶ。


「っあ、ありがとうございます……。ぼく……、僕、学校に行けるんだ……!」

「お母さん、僕、学校行っていいんだって……こんなに嬉しい事って、あるんだね」

途切れ途切れに話すハンスの瞳には、大粒の涙が流れている。


母親は手探りでハンスの手に触れると、そのまま引き寄せて抱きしめた。

「……学校行ってたくさん勉強しておいで」

震える声で何度も何度も繰り返した。


夏の日差しを受けた親子の涙は、これからの希望を写すかのように光を帯びていた。


*****


ハンスの家の帰り道、並んで歩くララとランゼル。

ふと足を止めたララが、彼の黒い瞳に視線を送った。


気がついたランゼルも立ち止まると、ララに向き合う。


「ランゼル、たくさん支えてくれてありがと。あなたがそばにいてくれた事が、心の支えになったの。とても感謝しています」

そう言って微笑むララ。


夏の風がララのシルバーブロンドを揺らす。


ランゼルはそっとララの手をすくうと、目の前に傅いた。


目を見開いて息を呑むララを、真剣な眼差しで見つめると、落ち着いた声で語りかける。


「今だけじゃなく、いつでも側で支えられる存在でいたい。これから先も、あなたと共に歩んでいきたい。あなたが受け入れてくれる限り、私はララのそばで生きていきたい」


風で揺れた髪が、頬にかかる。

彼の真摯な言葉が、心の深くに浸透する。

だんだんと熱を帯びる瞳。

瞬きをすると、一雫の筋ができた。


──あぁ、どうしよう、こんなにも嬉しい……

でも……


「……ありがとう。言葉にできないくらい、嬉しい……。できることなら、私もあなたの隣で生きていきたい。でも……」


嬉しさと、困惑と、もどかしさが混ざって何を伝えたらいいのかわからない。

心は彼の側におきたいけれど、私はアルマティアの王女。

彼もまた、ノルフェリアの王族。

自分達の思いだけで、突き進むことはできない。


ララの葛藤が手に取るようにわかるランゼルは、ゆっくり立ち上がって、繋がったままの手を両手で包み込んだ。


「あなたも私も王族……、この思いが成就することは簡単なことではない……。でも、知っていて欲しい、そう思ったんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ