第63話 責任と自覚
陽の沈んだ王宮を、淡い光で包む魔道具のランプ。
以前はその明かりを煌々と照らしていたが、最近ではビス節約のために設置数を減らしている。
そんな薄暗い廊下を、コツコツと早いリズムで進む足音。
まるで何かに追われているかのような緊迫した空気を纏っていた。
近づいてくる足音に小競り合いを止め、素早く礼をとったレネとジャック。
普段なら一言二言、声をかけて立ち去るのが常だが、まるで二人に気がついていないかのように通り過ぎるララ。
いつもと違う王女の様子を不思議に思ったジャックは、首を傾げた。
「何かあったのかな」
「なんだか、雰囲気が違っていらしたわよね」
*****
リーゼルの執務室に到着するや否や、ノックをすると返事も待たずに扉を開けて入室した。
「っあ、ララかぁ……、びっくりしたよ。どうしたの? 何かあった?」
驚き困惑するリーゼルの目に映ったのは、思い詰めた様子の妹。
咄嗟に立ち上がった勢いで椅子が倒れたが、気にする事なく側に駆け寄った。
近くで顔を覗き込んだリーゼルは、ララの充血した目元と、頬に残った涙の跡に気がついた。
そっと右手で彼女の目元をなぞると、後ろにいるランゼルに鋭い視線を向ける。
兄の表情に気がついたララは、急いで言葉を探したが、何から伝えたらいいのか思考がまとまらない。
普段なら現状や問題点、解決策をひと息で話すところだが、口を開けば、後悔や懺悔が溢れてしまいそうだった。
ひとまずランゼルへの警戒を解いてほしいと、自身の頬に添えられた兄の手を両手で包んだ。
ララに視線を戻したリーゼルが穏やかな声で告げる。
「ゆっくりでいいから、話してごらん」
「っあ……、あのね、この前簡易学校に参加せずに走り去った子の話をしたでしょ……。気になって、今日その子の家を訪ねたの」
話し始めた妹の瞳には、涙が滲む。
その涙をこぼすまいと、必死に目に力を入れて続けた。
「その子、家族を支える為に基礎学校に通えなかった。
朝から仕事掛け持ちして、夜は家事と介護。
十歳の男の子が四年以上も一人で背負ってきたことを、
……私は何も把握していなかった」
一度強く唇を噛み、気持ちを落ち着かせる。
「その子、言ったわ……『僕が集会所に行ける日はない』って。
あの子の目、全てを諦めたようで……。
子どもにそんな思いをさせるなんて……。
私、何を、この国の何をみてきたんだろう」
ララのやりきれない思いをのせた言葉が、静かに響きわたる執務室。
「そう……」
ただそれだけを返すと、深い呼吸と共に目を閉じた。
ゆっくりと目を開いたリーゼルは、兄ではなく王太子の顔で告げる。
「知らなかったでは、済まされない。これはアルマティア王族の問題だ」
「僕は今から大臣達を集めて現状把握から始める。ララは、対応策を考えてくれるかい?」
視線を下げて語りかけてくるリーゼルに、しっかりと頷くララ。
決してララを慰めることのないリーゼル。
ララ自身も慰めの言葉を欲してはいなかった。
ふと、ランゼルの言葉が頭をよぎったーーー
『あなただけの問題じゃない、アルマティアを導くもの全ての責任。だから、皆で考えましょう。周りを頼って』
大丈夫、なんとかしてみせる。
私には、みんながいる──
そう思って瞳を閉じたララの脳裏には、優しく抱き留めてくれたランゼルの姿が……
『大丈夫、私が全力であなたを支えるから』
すっと心の中に入ってきたランゼルの言葉、温かく頼りがいのある存在。
必ずそばに居てくれる安心感と信頼できる人柄。
あぁ、私──
ランゼルが好きなんだわ。




