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第61話 諦めの瞳に映るもの

「あの長屋ね?」

街から続く街道を歩くこと三十分。見えてきたレンガ作りの長屋を指差して、ランゼルに問いかけた。


「はい、かなり歩きましたが大丈夫ですか? やはり、ここまで馬車を使った方がよかったのでは……。それに護衛も少なすぎます」

ランゼルは心配するあまり、ララへの小言が次々と口を突いて出てくる。


「歩くことは平気よ。いろいろと心配してくれてありがとう。でも、ここをたくさんの護衛と馬車で訪ねたら、きっと住民を驚かせてしまうわ」

ララは軽く微笑むと、なんてことないような口調で返した。


眉を下げ、困った子どもを見るようなランゼルの視線に気づかないふりをして歩き出すララ。


そんな無邪気な素ぶりを愛おしく感じたランゼルはふっと口角をあげると、優しく言葉を添える。

「疲れたらちゃんと頼ってください」


振り返って笑顔を返すララに、歩調を早めて近づいた。


街道を左に曲がると、小道に沿って庭付きの長屋が横並びに連なっている。庭一面に干された洗濯物。季節を感じさせる花々。開けられた窓からもれ聞こえる笑い声。ここは人々の暮らしが、しっかりと感じ取れた。


街外れにこんな住宅街があったなんて知らなかったわ。建物は年代物みたいだけれど、大切に手入れされているのね。どの家も家庭の温かさが感じられるわ。

穏やかな表情であたりを観察するララは、そんな感想を抱いていた。


長屋の端に差し掛かってきた時、草が生い茂った庭が目に入った。明らかに他の家々とは違うその異質さに、胸騒ぎを覚える。人が住んでいる気配はあるのに、壁のレンガは所々崩れ落ち、窓枠も外れかけている。


ララの顔からは明るさは消え、困惑の色が浮かんでいた。

「簡易学校の子達に聞いた場所はここよね?」

ランゼルに問いかけたその声には、不安と動揺が滲みでている。


「はい、間違いないかと。先に確認してきましょうか?」

心配したランゼルがそう提案するが、ララは首を横に振った。


「ありがとう、大丈夫よ。一人で行くわ。ランゼルはここで待ってて」

彼を安心させようと口角を上げたが、ぎこちない笑みになる。

そんな自分の動揺をかき消したくて、深呼吸で気持ちを立て直した。


しっかりとした足取りで庭を進み、玄関先で立ち止まった。ゆっくりとドアノブに手を伸ばしたその時、軋む音と共に中から扉が開く。


突然扉が開いたことに驚いて息を詰めたが、出てきたハンスと目が合うと、急いで笑顔を作った。


「こんにちは、いきなり尋ねてきてごめんなさい。あなた、昨日集会所に顔を出してくれたでしょ?」

落ち着いた声色で話しかけるララ。


ハンスも扉の前に王女がいたのだから、その驚きと動揺は尋常ではない。

王族に礼を取るべきだと彼自身わかってはいたが、関わりたくない気持ちの方が強かった。


「っあ! 僕……急ぎますので、失礼します」

視線を上げることなく、ララの横を通り過ぎようと足を踏み出す。


「来週は参加できそう?」

ハンスの背中に向かってララが言葉をかけた。


「……来週だろうと、再来週だろうと……ずっと僕が集会所に行ける日は来ないよ……」

振り返ったハンスの瞳には、諦めの色が濃く滲んでいる。


「っえ?……どういうこと?」


「仕事に家のこと、それにじいちゃんの世話まで抱えていて……そんな時間ない。

僕、字も書けないし読めない。それに計算もできない……。そんな僕ができる仕事って、荷物運びくらい。いくつも掛け持ちしないと、ご飯食べられないんだよ……」


それだけ残すと、ハンスは走り去った。


ハンスの言葉が頭の中で反響する――


締め付けるような胸の痛みに、呼吸を忘れ、ただ立ち尽くす。

ハンスの光を失った瞳の色が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

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