第57話 夏なのに春?
「お兄様達はまだみたいね」
政務会議室の扉を開けたララは、静かな室内を見回して後ろのランゼルを仰ぐ。
「先に座って待ってる? それとも、図書室で特殊鉱石の資料でもさがす?」
「いえ、このまま待ちましょう。もうすぐ皆戻られるかと」
ランゼルはそう言って、扉を支えると室内にララを促した。
オレンジ色の陽が差し込む窓を開けると、夕方の暖かく柔らかい風が頬を撫でる。
シルバーブロンドの髪が風に煽られて舞い上がり顔にかかった。片手で払うけれど、うまくまとまらないサラサラした髪。
「失礼」
そう声が聞こえると同時に頬に手が伸びた。
──っえ⁉︎ ランゼル⁉︎
声と手でランゼルだとわかったけれど、突然の行動に大きく鼓動が跳ねて、落ち着かない気持ちになる。
驚きで目を見開いたララは、振り返るべきなのか、言葉をかけるべきなのか迷い、口を開けたり閉じたりを繰り返した。
その間もランゼルはララの髪を丁寧に頬からはなして後ろに流し、指で整える。
「っあ、ありがとうランゼル。もう大丈夫よ」
やっとの思いで出た言葉。
手を止めたランゼルの視界に飛び込んできたのは、耳まで真っ赤な王女の横顔。
無意識だったとはいえ、思いっきり大胆な行動をとった事を今さら自覚した彼は、髪の感触を思い出すかのように右手を見つめている。
羞恥と動揺で動けない二人に、バートンが声をかけた。
「喉渇かない? 僕、お茶の準備をお願いに行こうって思うんだけど、王女様いい?」
「あっ、そ、そうね。お茶でも飲みながら待ちましょうか」
バートンの言葉に席に移動しようと足を踏み出す。
少しだけランゼルを仰ぎ見たララは、彼もまた赤い顔でこちらを見ていることに気づいた。なんともいえない恥ずかしさで思わず視線を逸らしたが、不思議と嫌な気持ちはなかった。胸の奥に陽だまりができたような、不思議な心地よさに嬉しい気持ちが湧いてくる。
「ランゼルさん、積極的ですね」
揶揄うバートンを、ランゼルはひと睨みするが、動揺でいまいち締まらない。
「ランゼルさんも王女様も、当たり前のように大胆な行動をとりますよね。ライオネルの熱をはかったり、髪を整えたり。それも無自覚に」
さらに追い討ちをかけるバートンは、そんな言葉を残してはにかむと、お茶の準備を依頼しに廊下に出て行った。
「あれ、待たせたかな?」
そう言って入ってきたリーゼルは、何ともいえない室内の生暖かい空気感に首を傾げた。
「何かあった?」
リーゼルの問いに、戻ってきたバートンが笑顔で答える。
「春ですよ」
「いや、今は夏だけど」
すかさず返したリーゼルに、バートンは笑った。
「例え話ですよ。政務会議室に無自覚の春が訪れたって」
謎かけのような言葉に、ますます困惑したリーゼルだった。




