第48話 仲間の笑顔と兄の帰還
応接室は今や、ララを中心にした作業室へと姿を変えていた。
テーブルの上には説明書の草稿や並列版の布が広がり、仲間たちはそれぞれの役割を黙々とこなしている。
そこへ、扉をそっと開ける音。レネがワゴンを押しながら入ってきた。
「皆さま、少し休憩されませんか?」
紅茶の香りがふわりと流れ込み、張りつめていた空気を柔らかく変えていく。
「ジャックさん、こっちの布は付与終わり。あっちに運んでくれる?」
バートンは顔を上げずに指示を飛ばした。
「っえ⁉︎ こっち? それとも……こっち?」
布を前に首を傾げるジャック。
「違う、そっち」
依然として視線は落としたまま、顎で方向を示す。
「えっ、どっちなの? わからないよ」
その様子を見ていたランゼルが短く助け舟を出した。
「向かって左だ」
「あぁ、こっちね」
納得したジャックは布を抱え、ランゼルたちの元へと歩いていった。
「ありがとう、そこに置いて」
アーロンが声をかけ、ランゼルと並んで布を板に固定する。
ふと顔を上げると、ワゴンの横で固まっているレネの姿が目に入った。
「あら、レネ……お茶を持ってきてくれたのね。ありがとう」
ララは微笑み、皆に呼びかける。
「手が離せそうなら、少し休憩にしましょう」
ランゼルとアーロンが手を止め、ララは席を立って紅茶のワゴンに近づいた。
慌ててレネが「王女様、私がやりますから」と止めるが、ララは自然にポットへ手を伸ばす。
「いいの、手伝うわ」
その様子に魔法付与を終えたバートンも近寄り、にこりと笑った。
「お腹すいた」
「そういえば、ジュードさんは?」
ジャックが辺りを見回す。
「今できている並列版の配送手配に行ってくれているわ」
ララは答えながら、次々にカップを並べていく。
レネはお菓子を並べながら、隣のジャックへ小声で囁いた。
「ねぇ、あなた……ちゃんと役に立ってるの?」
「……た、たぶん」
思わずララは笑みを漏らした。
「ちゃんとジャックも頑張ってくれているわ」
胸を張るジャックの姿に、寡黙なランゼルまでもが「っふ」と吹き出す。
その笑いが連鎖し、応接室に温かな空気が広がった。
ほどなくジュードが戻り、和やかな雰囲気に目を細める。
「何だか楽しそうですね」
「ジュードも休憩して」
ララが紅茶を差し出すと、彼は感激したように笑みを浮かべた。
やがて皆で席につき、しばしの休憩が始まる。
ジュードは報告を携えていた。
「明後日には半数の中枢施設に並列版が配置できるようです。王都のビス炉職員たちが分担して設置してくれるとのことです」
「ありがとう。本当に助かるわ。段取りまで任せてしまってごめんなさいね」
「私たちはチームですから。しっかり頼ってください」
「そうですよ。皆で成功させましょう」バートンも続ける。
ランゼル、アーロン、ジャック、レネ──仲間たちの笑顔に囲まれ、ララは胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとう。みんなのこと、頼りにしてるわ」
その微笑みは涙を滲ませながらも息をのむほど美しく、皆の心に深く刻まれた。
***
──それから数日後。
国王の執務室に早馬で伝令が飛び込む。
「おっ、帰ってくるのか!」
知らせを受けたヨハンは嬉しそうに立ち上がり、王妃セリーヌのもとへ駆け寄った。
王太子の帰還を知った城の人々は、まるで祭りの準備でもするかのように浮き立ち、迎えの支度に追われていた。
「もう到着する頃ね。迎えに行こうかしら」
待ちきれない様子のララに、ランゼルが優しく目を細める。
「走ってはダメですよ」
「子どもじゃないんだから、大丈夫よ」
唇を尖らせつつも、その瞳は期待に輝いていた。
「なんだか、いい雰囲気じゃない」
バートンがからかうように呟く。
ランゼルの視線が鋭く光ったが、ララは気づかないまま弾む心を抑えきれずに駆け出した。
傾き始めた陽が空を茜に染め、王都は温かな色に包まれていく。
やがて、騎士たちに守られた馬車が城門をくぐった。
息子の到着に落ち着かないヨハンを、セリーヌがそっと宥める。普段は澄ました顔の彼女の頬にも、喜びがにじんでいた。
扉が開き、リーゼルが姿を現す。
出発時より引き締まった顔には、王太子としての自信が滲んでいた。続いて降り立ったゴードン大臣も誇らしげに胸を張る。
「ただいま戻りました。条約締結と視察、滞りなく終了いたしました」
明瞭な声が夕空に響き渡った瞬間、拍手と歓声が波のように広がる。
「ご苦労であった」
ヨハンは必死に威厳を保ちながらも、声には震えが混じった。
「おかえりなさい」
セリーヌの瞳には、喜びの涙が光っていた。
そして――ララは。
「兄様……おかえりなさい!」
勢いよくその胸へと飛び込んだララの頬を、茜色の光が優しく照らしていた。
(第二章 完)




