第46話 紅茶とマフィンと並列版
「ララ、あなた忙しく動き回っているようだけど、どんな事をしているの?」
王妃セリーヌは紅茶のカップを戻しながら尋ねた。
「中枢施設のビスの節約よ」
さも当たり前といった様子に、セリーヌは苦笑を漏らす。
「また面白い事を考えたのね。それで、どうだったの?」
「実験は成功したわ。今は国中の中枢施設に広げたいから、ジュードさんや街の材木屋に依頼しているところよ」
淡々と報告するララに、国王ヨハンは髭を撫でながら首をかしげた。
「ララ、いったい何の話かな……」
困惑顔のヨハンを見たララは、母へと視線を送る。
「あなた、本来ならあなたの仕事よ。この子はリーゼルとの約束を実行しているの。帰国後は魔法導入に向けて、インフラ整備に取り掛かりたいって言ってたでしょ?」
理解が追いつかない夫を軽く睨みながら、セリーヌはたしなめる。
「……そういえば、そうだったな……」
忘れていたとばかりのヨハンに、セリーヌは深いため息をついた。
「もう、しっかりしてくださいな。このマフィンはお預けよ。お茶を飲んだら、さっさと仕事に戻りなさい」
好物を取り上げられたヨハンは、恨めしそうに皿を見つめる。
「っふふ」
思わずララから笑いがこぼれた。
「お母様、お父様にマフィンをあげて。とっても悲しそうよ」
笑いが止まらない娘に、セリーヌの表情も和らぐ。
「ふふ……よかったわね、味方がいて。でもこれを食べたら、ちゃんと仕事に戻るのよ」
マフィンを返してもらったヨハンは、嬉しそうに頬張った。
──なんだか、宿題をしない子どものおやつを没収するお母さんみたい。
ララは仲の良い両親を、微笑ましく見守っていた。
ヨハンの口元についた屑を手で払いながら、セリーヌは尋ねる。
「ねぇ、ララ。中枢施設のビスの節約が、どうしてインフラ整備なの?」
「ああ、それはね。元々、エネルギー源の転換は公共施設からって思っていたの。だから最初に中枢施設を訪問したのよ」
ヨハンもセリーヌも頷き、続きを促す。
「そうしたら、そこではビスが最後まで使い切られる前に交換されていたの。勿体ないと思わない?」
「そうね……そんな発想になるのは、多分あなただけ。貴族、それも王族として育つと、なかなか出会わない感情だと思うわ」
セリーヌの言葉は貴族的だが、娘を見つめる目は誇らしげだった。
「エネルギー源の転換といっても、すぐに実行できるわけじゃないもの。その間のビスを大切に使うべきでしょ?」
ララの言葉に、ヨハンはようやく納得したようにうなずく。
「確かに……システムを変えるとなれば、エネルギー変換機の開発や設置に、数年はかかるな」
「そう。だからできる限り消費を抑えたいの。同時に教育機関も立ち上げないといけないし……予算も無駄にはできないから」
ララの言葉に、ヨハンもセリーヌも真剣に頷いた。
「それで話を戻すけど、並列版を作って、それをビス炉で使うの。この並列版こそが、ビスを最後まで使い切るためのアイテムなのよ」
「ほう、初めて聞いたな」
関心を示すヨハンに、ララはすぐ頼んだ。
「今日にでも報告書を出すから、議会で説明してくれる?」
「わしに理解できる内容かな……」
不安げな国王に、セリーヌはすかさず口を挟む。
「『ここは任せなさい』って、国王として言わなくちゃ」
「……そうだな」
「大丈夫よ。ちゃんと後で説明するから安心して」
ララの言葉に、ヨハンは安堵の笑みを浮かべた。
セリーヌは話題を変える。
「それはそうと、リーゼルが出発して、そろそろ二週間かしら」
「もうそんなに? ここ最近忙しかったから、時間の感覚が薄いわ」
「いや、私は長く感じるぞ。リーゼルが、ちゃんとやれているのか心配でな」
ヨハンが渋い顔をすると、セリーヌはすぐ返す。
「今のあの子は、あなたよりしっかりしているわよ」
苦笑するヨハンに、ララが告げた。
「明日には王都の中枢施設が並列版に切り替わるはず。他の施設も、並列版が整い次第、順次対応していくから。兄様が戻る頃には、国の半分は並列版に変わっていると思うわ」
──もうすぐ兄様が帰ってくるのね。中枢施設のこと、驚いてくれるかしら。
兄の帰国を想像して、顔をほころばせるララを、国王夫妻は誇らしげに見守った。
その様子を廊下から眺めていた宰相バロンは、小声でつぶやいた。
「さすがオカン……もう主導者の風格だな」




