第43話 小さな不安を、手を繋いで
「魔導流水機、今日で三日目に入ったわね」
嬉しそうに検証結果を話すララ。
「本当にビスのエネルギー消費を節約できるんだね」
感心した様子で魔導流水機を覗き込むバートン。
「これで中枢施設での実験が可能になりますね」
ランゼルの表情も柔らかい。
魔導流水機の周りにはララとランゼル、バートン、そして洗濯室担当の使用人達が集まっていた。
「本当にすごいことですよね。今までビス1個で1日しか使えなかったのに、2個で倍以上なんて」
そう話すのはダンとエマの母親。
「ますます色んな無駄をなくしたいわね」
使用人たちも次々に声を上げる。
そんな様子を嬉しそうに見守っているララに、バートンが話しかけた。
「この布、このままここで使ってもいいんじゃない?」
「そうね。城は一般家庭よりビス消費が多いから、ちょうどいいかもしれないわ」
ララの言葉に、洗濯室の使用人は嬉しそうに微笑んだ。
「大事に使わせていただきますね」
「それじゃあ今から、マルグリットさんに注文の手紙を書かなくっちゃ。それと、中枢施設で予備のビス炉を使った実験の協力もエルマンさんにお願いしないとね」
ララはそう言って、洗濯室の使用人に軽く手を振り歩き出した。
「手紙を書いたら、今日はどうするの?」
バートンが問いかける。
足を止めて考えたララは振り返った。
「そうだ、シルクスパイダーの布を貼る板が必要だわ。街へ行きましょうか?」
「あっ、それいいね。僕、アルマティアの街は初めてだ」
バートンが楽しそうに答える。
「……では護衛を増やす手配を」
段取りを考え出すランゼルに、ララは首を振った。
「護衛ならランゼルがいるじゃない」
「王族の外出となると、護衛一人では心許ないかと」
「この前兄様と街へ行った時も、護衛はカイとアーロンの二人だけだったのよ。途中からはアーロンだけだったし」
ララの話に、ランゼルはまだ思案顔を崩さない。
「あっ……ランゼルも王族だから、護衛を増やした方がいいのかしら?」
まとまらない会話を切るように、バートンが胸を張った。
「ランゼルさんより腕の立つ護衛なんていませんよ。それに、ここには最強の魔導士もいるじゃないですか?」
自分を指さし、はにかむバートン。
ララとランゼルは思わず顔を見合わせて笑った。
「自分で最強って言うなんて、バートンらしいな。まぁ、俺とバートンが一緒なら問題ないか」
ランゼルも納得したように頷いた。
***
馬車を降りた三人は街の材木屋へ向かう。
噴水を囲む広場を通り過ぎようとした時、主婦たちの会話が耳に入った。
「ビスから魔法に変わって、魔道具は自分の魔力を使うらしいわよ」
「そうみたいね。私たち皆に魔力があるらしいけど……出来る気がしないわ」
その言葉にララは思わず声をかけた。
「こんにちは、いいお天気ね」
突然の王女の登場に驚く主婦たち。だが、誰かが思い出したように声を上げた。
「王女様、先日の小麦の件はありがとうございました。本当に助かりました」
ララとリーゼルが中心となって収めた小麦買い占め騒動のことだ。主婦たちは次々と感謝を伝えた。
ララは笑顔で受け止めた後、話題になっていた魔力転換へと自然に切り替えた。
「さっき、不安の声が聞こえたから気になってね」
ちょっと気まずそうに視線を交わす主婦たち。
「いきなり魔法って言われても戸惑って当然よ。アルマティアでは馴染みがないものね」
ララの言葉に頷く人々。周囲には街の人々も集まり始めていた。
「でもね、皆に魔力があるって本当のことなの。ビスが今すぐ無くなるわけじゃないし、いきなり全部を切り替えることはしないわ。段階を追って徐々に進めます。まずは公共施設から」
反応は様々で、納得したような表情の人もいれば、不安が残る人もいる。
ララは人々を見渡し、続けた。
「できるだけ早い段階から、魔力操作が学べる教育機関を準備します。仕事や家庭で時間が取れない人には、柔軟に対応できるようにするつもりよ」
真剣に聞き入る人々。
「まだイメージは湧きにくいだろうけど、ちゃんと説明しながら進めるから心配しないで」
ララが話し終えると、広場は一瞬静まり返った。
静寂を破ったのは小麦屋の店主だった。
「王女様がそうおっしゃるなら、大丈夫さ」
「そうだね」
不安を口にしていた主婦たちも頷き始める。
っあ‼︎
あの方法なら、皆の不安が和らぐかもしれない──
ララはランゼルの側に行き、腕を軽く引いた。
耳を貸したランゼルにそっと手を添えて囁く。
っ‼︎
驚きで固まるランゼル。真っ赤な顔で動けなくなる彼を横目に、バートンが口を尖らせた。
「ねぇねぇ、何? 二人だけで、僕にも教えてよ」
クスッと笑ったララは、同じ内容をバートンにも耳打ちした。
「ここにいる皆に、魔力の流れを感じてもらおうと思うの」
「どうやって?」
「円を作って手を繋ぐの。ランゼルとバートンが対面に立てば、魔力を循環させられるでしょう?」
「なるほど、いいね」
「魔力の流れがわかるってことは、ちゃんと皆にも備わっている証拠になるわ」
ララは目で合図し、声を張った。
「さぁ、皆でちょっとした余興をしましょうか?」
人々が注目する。
「ここにいる皆で円を作りましょう。そして隣の人と手を繋いで」
にこやかに促すララに、戸惑いながらも街の人々が輪を作っていく。
「いい? 痛かったり怖いことはないから安心してね。さぁ、ランゼル、バートンお願い」
二人は輪の中に入り、魔力を流し始めた。
「うわぁ、すごい。ぽかぽかする」
「春の日差しみたいね」
人々は驚きと笑顔で声をあげる。
「これが魔力よ。感じられたということは、皆にちゃんと備わっている証拠なの」
ララの言葉に、安心の色が広がっていった。
──小さな不安も拾い上げ、すぐに同じ目線に立つ。
母のような優しさと、王女として導く強さ。
……こんな姿を見せられたら、目を離せるはずがない。
ランゼルの思いは、ますます強くなった。




