第41話 王子の素顔、少女の本音
「王子……? なの……?」
ララの声は、問いかけにも、呟きにも聞こえた。
ゆっくりとランゼルに視線を向け、その表情を伺う。
軽く目を見開いたまま動かないランゼルから、正面のバートンへと視線を移す。
「……バートン……、どういうこと?」
ララの問いに、顔色を青くしたバートンは、両手をぶんぶん振って否定した。
「っあ、僕……僕の言い間違いです! ……なんで言い間違えたかなぁ……」
視線を泳がせながら、必死に取り繕う。
──ふぅっと、ため息のような深呼吸が響いた。
「バートン、もういい」
その声に、ララはランゼルを振り返る。
気まずさと申し訳なさがにじんだその横顔に、ララは思い切って訊ねた。
「ランゼル、王子って……本当なの?」
「……はい。黙っていてすみません」
ふたりの視線が重なったまま、静寂が訪れる。
──パンパン、と手を打つ音がその空気を破った。
「はいはい、続きは城で話しましょうか」
沈黙を破って現れたのは、王妃セリーヌ。
「さぁ、皆で応接室へ向かいますよ」
まるで何事もなかったかのような口調に、ララとランゼル、バートンはただただ呆気に取られていた。
***
応接室に入ると、ララは入口側のソファに腰を下ろす。
ランゼルとバートンは扉の横に立とうとしたが、それを見たセリーヌが言った。
「ほら、あなた達も座るのよ。今から、陛下を連れてくるから」
そう言って、颯爽と部屋を出ていった。
「……なんだか、拍子抜けするわね……」
ぽつりと呟いたララ。
三人は静かに、国王ヨハンの到着を待った。
「待たせたね」
そう言って、王妃セリーヌとともに現れたヨハン。
何の用件か分からず、微かに首を傾げている。
ララたちの向かいに腰を下ろした国王と王妃。
前置きもなく、セリーヌがにこやかに口を開いた。
「ランゼル? それともランゼル王子? どちらで呼んだ方がいいかしら?」
セリーヌの発言に、一番驚いたのは国王ヨハンだった。
「っお、おい……ランゼル王子って、どういうことなんだね⁉︎」
セリーヌに体ごと向き直って尋ねる。
「あら、彼は私の母国ノルフェリアの第三王子ですわ」
当然のように答えるセリーヌ。
「えっ⁉︎ 本当なのかい?」
とランゼルに問いかけるヨハン。
「……はい。黙っていて申し訳ありません。一応、遊学という形で各国を回っていました。ちょうどその途中で、リーゼル王子の誘いを受け、今に至ります」
ランゼルは低く、静かに答えた。
けれど、その声とは裏腹に、緊張で背筋が固まっていた。
すぐ隣に座るララの反応が気になって仕方ないのに、右を見ることができない。
視線はまっすぐ床に落ちたまま、ぴくりとも動けなかった。
数分の沈黙の中、それぞれの表情は様々。
困惑顔のヨハン、思案顔のララ、顔面蒼白のバートン、俯いたままのランゼル。
ただ王妃セリーヌだけは、にこやかに場を見渡していた。
「それで、ランゼル王子はどうしたいのかしら?」
全員の視線がセリーヌに向く。
「このままララの護衛騎士として過ごすのか、ノルフェリアからの留学という形にするのか、それとも母国に戻るのか」
「……できることなら、このまま護衛騎士として王女の側に居たいです」
掠れた声で、それでもまっすぐに答えたランゼル。
「だそうよ、ララ。それでいいかしら?」
「他国の王族に護衛をさせるなんて、そんなの、だめよ」
ララが即座に答えると、ランゼルの表情が沈む。
それに気づいたセリーヌが、口角を上げて言った。
「あら、そうしたらララは今まで通りにランゼルとは居られないわね。だって未婚の男女がずっと一緒に居るのは不自然でしょ?」
──もう、ランゼルとずっと一緒には居られないの?
託児室にも、繊維工場にも、街にも……一緒には行けないの?
話しかけようと思っても、隣には居ないの……?
振り返っても、目が合うこともないの?
また、あの時みたいに……落ち着かない気持ちになるの?
そんなの……
「嫌だわ!ランゼルが居ないのはイヤ」
ララははっきりと言って、ランゼルに視線を向けた。
はっとしたランゼルは顔を上げ、ララを視界に捉えた。
みるみるランゼルの嬉しさが溢れ出し、その瞳が全力で愛おしさを伝えた。
一際大きく鼓動が跳ねた──
はっとして息を呑むと、頬がみるみる赤く染まっていく。
なんとも言えないこの感情に戸惑いながら、視線を外した。
「それじゃ、話はまとまったわね。ランゼル、これからも敬称なしで呼ぶけどいいかしら?」
ララとランゼルの空気をさらりと断ち切って、セリーヌが問いかける。
ララに見惚れていたランゼルは、反応が一瞬遅れたが、
「……はい」
と慌てて答えた。
一人、話についていけない国王ヨハンは、ぽつりと呟く。
「いゃいゃ、驚いたな……」
髭を撫でながらセリーヌを見る。
「あなた、ずっと気がつかなかったの?」
「えっ? 知ってたのかい?」
「当たり前じゃない? 母国の王族よ? だいたい一般の騎士にしては所作が整いすぎているでしょ」
両親の掛け合いに、ララはクスッと笑った。
「私も気がつかなかったわ。お父様と一緒ね」
バートンは胸に手を当て、安堵のため息をついた。
「っ? あれ? これって……雨降って地固まる的なやつ……それに……」
さっきのララの表情を思い出し、
──僕って、いい仕事したんじゃない?




