第40話 魔法付与と、うっかりバラされた秘密
「やってみるから、見てて」
バートンはシルクスパイダーの布に両手をかざした。
瞬間、糸の一本一本がほのかに光を帯びるが、それはすぐに霧のように掻き消える。
「……やっぱり、定着しないなぁ」
肩をすくめ、軽く息を吐くバートン。
ララとランゼル、バートンの三人は、中庭の一角にある白いガゼボで魔法付与の試みを続けていた。
魔法が消えたシルクスパイダーの布を、ララが覗き込む。
「今発動させたのは、風魔法だろ?」
ランゼルの問いに、バートンは頷いた。
「そう。風魔法の応用は、温度管理や穀物の乾燥に使われるから……。糸にも応用できると思ったんだけど」
彼は考え込むように、布の表面をそっと撫でた。
「なるほど。風の流れを一定にして、エネルギーの循環や放出をコントロールする狙いか……」
ランゼルが分析を口にすると、バートンは苦笑いを浮かべて首をすくめた。
「そのつもりなんだけど、なかなかうまくいかないんだよね」
「確かに、風脈は通ったように見えたな」
「発動はするんだけど、定着しない……何が問題なんだろう」
頬杖をつくバートンと、腕を組み眉を寄せるランゼル。
ララはシルクスパイダーの布を両手に持ち、しばらく眺めていたが——
やがて、何かに気がついたように目を見開いた。
「ねぇ、風魔法って、元々は空間に作用させるものでしょ?」
「そうだね」とバートンが応じる。
ララは小さく息を整え、言葉を続けた。
「じゃあ……対象が“空間”なら、布に定着させるには……空間じゃなくて、“物質”に効かせる必要があるんじゃない?」
「っあ‼︎」
バートンが息を呑み、勢いよく顔を上げる。
「そうだよ!風魔法の対象は空間だ!布に定着させたいなら、もう一つ、物質系の魔法を加えなきゃ!」
ランゼルもその意図に気づき、目を細めてララを見つめた。
「さすがです、王女」
「すごいよ王女様!なんで僕、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう……でも、これでうまくいきそうな気がする!」
嬉しさのあまり、バートンはララの手を両手でぎゅっと握りしめ、勢いよく上下に揺らした。
すかさず、ランゼルが無言でその手を引き剥がす。
「よかった、少しは役に立てたみたいね」
ランゼルに睨まれながらも小さくなるバートンに、ララは思わず苦笑いを漏らした。
ふと、ララが中庭の噴水へ目を向けると、アーロンがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「王女様、みなさん、こんにちは」
ララに軽く礼をとったアーロンは、元気そうなバートンに目を向けて声をかけた。
「おっ、魔導士さん!体調はもう大丈夫なんですか?」
外見こそ騎士そのもののアーロンに、若干の圧を感じたのか、バートンは一瞬固まる。
そんな様子に気づいたランゼルが、さらりと説明した。
「バートン。彼が医務室まで運んでくれた騎士だ」
「……っあ、あの時はありがとうございました。ご迷惑をおかけして、すみません」
バートンは慌てて頭を下げる。
「いや、元気そうでよかったよ。あんまり無理するなよ」
二人のやりとりを見守っていたララは、アーロンに微笑みかけた。
「本当に、アーロンのおかげで助かったわ。ありがとう」
「いいえ。中庭って訓練場に行く近道なんです。たまたま通りかかっただけですよ」と、アーロンは照れくさそうに笑った。
「あっ、そうだ!魔導士さん!」
思い出したようにアーロンが言う。
「俺、子どもの頃から魔法に憧れがあって。よかったら、今度見せてもらえませんか?」
少年のような目で見つめられたバートンは、少し驚いたように瞬きをしてから、にっこりと笑った。
「僕、バートンといいます。挨拶もせずにすみません。魔法は得意なんで、いつでも声をかけてください」
つい先ほどまで落ち込んでいたとは思えないほどの前向きさに、ララとランゼルは思わず顔を見合わせて笑った。
──いつものバートンに戻ったみたいね。
なんだか、二人とも気が合いそう。
しばらく四人で談笑したのち、アーロンは訓練に戻っていった。
「さぁ、魔法付与の再開だ!」
バートンは気合を入れて布をテーブルに置き、両手をかざす。
「巡れ、風よ。流れを織りなし、糸を満たせ。
留まれ、土よ。力を束ね、この布に宿せ。
──二つの力よ、いまここで結び、定まれ!」
シルクスパイダーの糸一本一本が、淡く光を帯びる。
その光が布全体へと広がり、粒子のような輝きが表面を流れ、やがて吸い込まれるように布へと定着した。
誰もが息を呑んで、その光景を見守る——
「っやった‼︎ 出来たよ‼︎」
バートンの喜びが爆発した。
「成功なのね。おめでとう」
ララがバートンの両手を包み込み、嬉しそうに微笑む。
「頑張ったな。かなりの高等魔法だよ。さすがバートンだ」
ランゼルも、その成果を心から称える。
「本当に成功してよかった!ちゃんと僕やりましたよ!王女様、ランゼル王子!」
──え⁉︎
今、なんて言った?
「……ランゼル、王子?」
目を見開くララ。
ぴたりと動かないランゼル。
「……あっ、しまった‼︎」
言った瞬間にバートンは口元を両手で押さえ、顔を青くした。
三人の様子を少し離れた場所から見ていた王妃セリーヌは、優雅に口元を綻ばせる。
「あらあら、うっかりバラしちゃったのね」




