第33話 兄様、いってらっしゃい!そして視察の準備へ
「兄様、忘れ物はない? ちゃんとハンカチも携帯食も持った?」
エントランスを出た先には、王族専用の馬車が横付けされ、同行するゴードン大臣と十名の騎士が静かに待機していた。
まるで遠足に出発する息子に「お弁当は? 水筒は?」と声をかける母親のような口調で、ララはリーゼルに話しかける。
そんな妹に優しく微笑み、リーゼルは「ララ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ララこそ、無理しないでね」と軽く頭を撫でた。
それから視線を上げ、妹の後ろに控える護衛騎士へ声をかける。
「ランゼル、僕がいない間、ララのサポートを頼む」
ランゼルは静かに、そして真剣な眼差しでリーゼルを見やり、黙礼する。
「父上、母上、では行って参ります。条約の締結と視察を兼ねますので、戻りは三週間ほど後になるかと……。戻り次第、アルマティアの魔法導入に向けたインフラ整備に取り掛かりたいと思いますので、出来る限りの準備をお願いします」
先を見据えた言葉に、国王ヨハンは「……お、おう、わかった。しっかり勤めを果たしてくるのだぞ」とやや気後れ気味に返事をした。
威厳はどこに……⁉︎と言いたくなるヨハンの態度に、王妃セリーヌは「もう! “任せておけ”くらい言いなさいよ」と周りには聞こえない声量で呟き、ヨハンの脇腹を肘で突く。
苦笑いのリーゼルと、咳払いでごまかす国王ヨハンーーー。
「大丈夫よ兄様。これから街へ出て公共施設の視察に行くわ。エネルギー源の転換をスムーズに進められるよう、準備していくつもり。皆の力を借りて動くから、心配しないで」
ララは意思のこもった目でリーゼルに伝えた。
「それじゃ、頼むね。皆もしっかり、王女をサポートしてくれ!」
ララに目線で合図を送ると、リーゼルは臣下たちへ声を張った。
一瞬の静寂のあと、宰相バロンが胸に手を当て「御意」と頭を下げる。間を置かず、周囲の者たちも続いた。
その様子に頷くと、リーゼルは素早く向きを変え、馬車へ向かった。
ーーー王太子リーゼルとゴードン大臣、そして十名の騎士は、朝の日差しがまだ柔らかい夏の午前、ノルフェリア公国へ向けて出発した。
「……本当に、立派になったな……」
ヨハンがぽそっとこぼした言葉に、セリーヌがすかさず「反面教師でしょ!」と返す。
そばにいたララは、両親のやり取りにーーー
*父様、尻に敷かれすぎだわ。……結局、どこの家も母が一番強いのよね……*と、昔に思いを馳せた。
*****
夏にしては少し冷んやりとした北側の廊下を、ララは軽やかに進んでいた。
「王女、どちらへ?」とランゼルが後ろから声をかける。
「図書室よ」
隣を歩くバートンが首をかしげる。
「……なんで図書室なの?」
「公共施設の視察に行く前に、ちょっと調べておこうと思って」
「どのようなことを調べるおつもりで?」とランゼルが重ねて問う。
ララは視線を上げ、少し考えてから答えた。
「公共施設って色々あるけど……まずは王都全体にエネルギーを送っている中枢施設から始めようと思うの。
ビスのエネルギーって、そこから街灯や上下水道、いろんな施設に回っているでしょう?
まずは大元を確認しないとね」
そう言って、ララは廊下の突き当たりに見える重厚な扉――図書室へと歩を進めた。




