第32話 捨て犬みたいな魔導士⁉︎ そして騎士は不機嫌
「彼はノルフェリアの魔導士で、私の幼馴染です」
ランゼルの言葉が静かに響いた。
――えぇ⁉︎
ノルフェリアの魔導士⁉︎
国王さまの使い⁉︎
ララの頭の中では、今の言葉が何度もこだまするように巡っていた。
沈黙を破ったのはリーゼルだった。
「とりあえず、城へ戻ろう。ランゼル、応接室に案内してあげて」
そう言って、ノルフェリアの魔導士を見やる。
魔導士は張りつめていた緊張がふっとほどけたように、その場に座り込んだ。
「……お腹すいた……」と、かすれた声で呟く。
心配になったララが一歩踏み出し、支えようとしたそのとき——
「大丈夫です! ほら、立って」
ランゼルがララの言葉を遮るように、魔導士の腕をぐいと引き上げた。
「そんな力いっぱい引っ張ったら、可哀想よ。疲れているんだから」
無言で魔導士を一瞥したランゼルは、
「……かなり汚れていますので、先に湯浴みさせてからお連れします」
と言いながら、魔導士の腕を取って歩き出す。
引っ張られるようにして歩く魔導士を見送りながら、ララは不安げに声をかける。
「それなら客間を準備するから、そこで湯浴みを……」
「いいえ。私の隣の部屋が空いていますので、そちらを使用してもよろしいでしょうか?」
ランゼルがララの言葉にかぶせるように返した。
勢いに押されて呆然とするララに代わり、リーゼルが口を開く。
「いいよ。ジャック、侍女に頼んで部屋の準備をお願いして」
「はい! すぐに!」
とジャックは走り去っていった。
「ランゼル、色々と話も聞きたいから、湯浴みが終わったら応接室に来てくれ!」
リーゼルの声に、ランゼルは軽く振り返って一礼し、再び魔導士を引いて歩いていく。
「……なんて優しくて美しいお姫様……」
その呟きがランゼルの耳に届いた瞬間、彼の表情はさらに険しくなり、歩く速度も速まった。
「……ランゼル、どうしちゃったのかしら……」
ぽつりと呟くララに、リーゼルがそっと応える。
「何だか、ちょっと不機嫌だったよね……。とりあえず、先に応接室に行こうか……」
普段は寡黙な護衛騎士の、見たことのない一面に、アルマティアの兄妹は戸惑いを隠せなかった。
***
「挨拶もせずにすみません。僕はノルフェリアの魔導士で、バートンと言います。ランゼル…おぅ……ランゼルさんとは幼馴染なんです」
湯浴みを終えてさっぱりしたバートンは、応接室の入り口で深々と頭を下げた。
「初めまして、王太子のリーゼルです。疲れたでしょ? さぁ、まずは座って。あっ、ランゼルも座って」
正面のソファーに手を伸ばして誘う。
「ララよ、初めまして。このお茶、香りがいいからおすすめなの」
ララはお気に入りのカモミールティーをバートンに差し出す。
「ランゼルもどうぞ。お菓子より軽食のほうがいいかなって思って、厨房にサンドイッチを用意してもらったの」
彼女らしく気遣いながらすすめると、
バートンは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます! 道に迷ってから、ほとんど何も食べてなくて……」
「そういえば、国王の命でアルマティアに来てくれたんだよね? どうして一人で迷ってたんだい?」
と、リーゼルが尋ねる。
「……はい。国王様から、ランゼルさんについて行くように言われて……そのことは伝えたんですが……。どうやら、予定より早く出発していたみたいで……追いかけたんですけど、追いつけなくて、気づいたら迷ってました」
バートンはしゅんと項垂れる。その暗めの金髪が顔にかかり、隙間から覗いた瞳は、まるで捨て犬のようだった。
「ランゼル、どうして置いてきたりしたの?
……あっ! ……もしかして、無理して急いで帰ってきてくれたの……?」
ララの表情が曇る。
慌てたランゼルはすぐに否定した。
「違います! ……最初から、一人で戻るつもりだったんです。ノルフェリアの国王にもその意思を伝えましたし、バートンにも伝えました」
「何だか、いろいろと複雑なのね……」
ララは少し考え込むような表情になったが、すぐに微笑んで言葉を続けた。
「バートンさん、他の魔導士の方たちが来るまで、色々手伝ってくださるかしら?」
「バートンで。それと、もっと気軽に話してください。綺麗なお姫様に“さん”付けで呼ばれると、なんだか緊張しちゃいます」
バートンは人懐こい笑顔で答える。
「ふふっ、わかったわ。よろしくね、バートン」
ララも自然と笑みを返した。
そんな微笑ましいやり取りを、口をきゅっと結んだまま見つめるランゼル。
その様子を見て、リーゼルは心の中で呟く。
――嫉妬だね……、恋だねぇ……。
彼は一人、どこか楽しげに俯瞰していた。




