第31話 黒フードの男、登場⁉︎
「リーゼル、隣国ノルフェリアへはいつ頃発つ予定なの?」
クロワッサンをちぎりながら、王妃セリーヌが訪ねた。
「明後日には出発できるかと思います。10名ほどでの移動になりますから、物資や馬車の手配に少し時間がかかりました」
ナイフを動かす手を止めてリーゼルは答えた。
「時間がかかったって、ランゼルが戻ったのは一昨日よ。まだ二日じゃない……。そんなに早く行かなくったって……」
紅茶のカップを置いたララが、少し眉を寄せた。
「なんだい? ララはお兄様と離れるのが寂しいのかな?」
冗談めかして、でもララが気にかけてくれるのが嬉しいリーゼルは顔がにやけている。
「そんなに寂しいなら、ララもリーゼルについて行けばいいのさ」
皿の上のトマトを端に寄せる国王ヨハン。
そんなヨハンに、すかさずセリーヌはピシャリ。
「余計なことは言わなくていいから。その避けたトマトは食べるのですよ」
食事は家族皆んなで、が基本のアルマティア王家の面々。
好き嫌いの多いヨハンにセリーヌの小言が飛ぶのはいつものこと。
――こうやって見ると、王族っていうより普通の家庭って感じよね……
無責任な発言の父親に、若干怒りを表す母親、そんな両親を見て見ぬふりをする仲の良い兄妹。
――ほんと、昔を思い出すわ……
***
「隣国にはどのくらい滞在する予定なの?」
朝食を終えてダイニングを出たララは、隣を歩くリーゼルに声をかけた。
「滞在は一週間くらいかなぁ……。あちらの教育機関とか、インフラとか視察したいし、それに魔導士を派遣してもらうのにちゃんと条約も交わさないといけないからね」
とリーゼル。
「10名での移動だと、それなりに時間もかかるでしょ? 兄様たちが戻るのは三週間後かしら……」
ララは考えるように視線を上げた。
「それくらいはかかるだろうね……。やっぱり……寂しいんだ?」
と優しくにやけるリーゼル。
「そうね、寂しいわね……。でも、国を守るのが王族の勤め……私もしっかり働かないとね!」
と、リーゼルの揶揄いにも拗ねることなく、素直に答えた。
ララの気持ちが嬉しいリーゼルは、そっと妹の頭に手を伸ばして優しく撫でる。
「お互い頑張ろうね」
と優しく微笑んだ。
リーゼルの執務室に差し掛かると、
「ララは今から予定がある?」
「今日は特に何もないから、託児室のお手伝いでも行こうかと思ってたくらいよ。ねぇ、ランゼル?」
と後ろに控える護衛騎士へ声をかけた。
ランゼルが頷くと、
「まだ時間があるならお茶でも飲んで行かない? この前気に入ってたカモミールティーあるよ」
とリーゼルが誘った。
「そうね、ありがとう。あのお茶、香りがいいのよね。ランゼルも飲んでみる?」
「いいね。じゃあ、ちょっとだけ三人で朝のティータイムにしようか」
とリーゼルは扉を開けた。
!!!
「ランゼルさーん! お客さんですよ!」
廊下を走りながら、ジャックが後ろから声をかける。
「こらっ! ジャック、廊下は走らない!」
ララが腰に手を当てて注意する。
「あっ、すみません……でも、聞いてください!
門のところに黒いフードを被った、いかにも怪しい男がランゼルさんに会いたいって言うんです。……なんだか不気味で」
ララとリーゼルは顔を見合わせて首を傾げる。
それから、二人揃ってランゼルを見た。
なんとも気まずそうな……嫌そうな顔を浮かべたランゼルが目を逸らした。
「どうしたの? そんな顔して?」とララが言うと、
ランゼルは小さくため息をつき、肩を落とした。
「はぁ……。会いに行かないとだめですかね……」
「知ってる人? それなら会いに行ったほうがいいんじゃないの? だってランゼルに用があって訪ねてきたんでしょ? 私は兄様の執務室にいるから、大丈夫よ」
「……おそらく知り合いです」
歯切れの悪いランゼルに、
「一人で会いたくないなら、ついて行くよ」
とリーゼルが提案してきた。
「そうね!……ほら、いきましょ」
と一向に動こうとしないランゼルの手を引き歩き出すララ。
その瞬間、ランゼルは繋がれた手に目を落とし、固まったように動けなくなった。
頬がみるみるうちに赤く染まり、耳まで真っ赤だ。
――ん⁉︎
――ララ、手を繋ぐのはまだ早いよ!
ララとランゼルが手を取り合っていることに気がついたリーゼルは、すかさず声をかける。
「っララ? ランゼルはひとりで歩けるから、手は引かなくても大丈夫だよ」
そう言ってララの手をランゼルから離し、自分が繋いで歩き出す。
兄のやきもちに気づかないララは、そのまま手を引かれて歩き出す。
ララの手が離れたことに気がついたランゼルは、ちょっとだけ残念そうな顔を浮かべた。
***
三人が門の前まで到着すると、そこには黒いフードを頭から被った男がいた。
よく見ると、靴は泥で汚れて、マントの裾は破れてボロボロだ。
男が顔を上げ──
「っおう……」
男が言いかけたところを、ランゼルが慌ててかぶせた。
「待たせて悪かった」
ランゼルの何かを訴えるような視線に気付いた男は、慌てて言葉を飲み込んだ。
近づいてくるランゼルに向かって男は声を上げた。
「置いて行くなんて、ひどいじゃないですか‼︎
途中から道に迷うし……魔物は出るし……!」
フードを外した男の顔には、ひと晩眠れなかったような疲労と、それでも再会にほっとしたような安堵の色がにじんでいた。
癖のある暗めのブロンドの髪が額にかかり、年齢はランゼルと同じくらいに見える。
「ランゼル、どういうこと?」とララが尋ねると、
ランゼルは小さくため息をつき、肩を落とした。
「……勝手についてきたんです」
「違います! 国王様の指示です!」と男。
「……はぁ。彼はノルフェリアの魔導士で、私の幼馴染です」
ため息混じりのランゼルは、どこか遠い目をしていた。
まるで「また、面倒なのがきたな……」とでも言いたげな顔で。




