第30話 兄、大混乱⁉︎ 王女と耳まで赤い騎士
「ランゼル、里帰りはどうだった? 予定より早く帰ってきたけど、家には顔を出さなかったの?」
国王ヨハンの執務室を出たララは、後ろを歩く護衛騎士に並んで声をかけた。
いったん目を見開いたランゼルは、すぐに平静を装う。
「……実家には顔を出しました。ノルフェリアは、特に変わった様子もなかったかと……」
あまり触れてほしくないのか、覇気のない返事につまる。
ララは心配そうに眉を和らげた。
「そう……無理して早く帰ってきたんじゃないかって、ちょっと心配してたの」
窓から光が差し込む廊下を、二人はゆっくりと並んで歩く。
ララはちらりと横目でランゼルを見やり、隣にいることを確かめる。
──ランゼルが帰ってきたのよね。
今まで気づかなかったけど、側にいるだけで、なんだか落ち着く……
そんな気持ちが、自然と言葉になった。
「あなたが実家でゆっくりできなかったのは申し訳なかったけど……。いつもいるランゼルがいないと、なんだか変な感じだったの。だから、早く帰ってきてくれて、嬉しいわ」
「っ――!」
ランゼルの顔が一瞬で真っ赤になる。
慌てて顔をそらすが、紅潮した耳までは隠せなかった。
挙動不審なランゼルに気づかず、ララは楽しそうに話し続ける。
「そういえばね、ランゼルが出発した日に、兄様の執務室で『ねぇ、ランゼル』って思わず話しかけちゃって。兄様に笑われたのよ」
「……王女……」
ぽつりと漏れた声は、照れと嬉しさが入り混じっていた。
いつもより無邪気な王女と、愛おしさを隠しきれない騎士の姿を、廊下を行き交う城の人々は微笑ましく見守っていた。
***
リーゼルは騎士団の演習を見るために中庭を移動していた。
ふと視線の先に、バスケットを大事そうに抱えるララと、ララの半歩後ろを歩くランゼルの姿が目に入る。
二人が揃って行動するのは、いつものこと。
……のはずだった。
「っあ……⁉︎」
思わず声が漏れる。
──ララとランゼルの距離が近い⁉︎
もしかして……二人は恋人同士に⁉︎
いや、ララに恋人なんてまだ早い!
……この兄よりデキる男じゃなきゃ!
あっ、でもランゼルって、魔法も剣も一流だった……。
いやいや、でも! 認めるわけには……!
ララが……嫁に行ってしまう……
リーゼルの頭の中はパニック状態。
妄想が暴走し、険しい顔になったかと思えば、しょんぼりしたりと百面相を始めた。
そこへ、王妃セリーヌが現れる。
「……リーゼル、そんなところで百面相して。いったい何をしてるの?」
「ララがとうとう……兄離れしたんです……」
涙ぐまんばかりの顔で訴える。
「はあ⁉︎ なに言ってるの、この子は」
セリーヌは呆れたように言い放った。
「ララはもともと自立した子でしょう? それに、ただ一緒に歩いてただけじゃない」
「でも! ララに恋人が……」と、ララとランゼルを指差す。
「大げさね。確かに、ランゼルはララのことを気にしてるようだけど、相手はララよ? 効率重視の現実主義者よ。結婚だって、利益になるかどうかで考えるような子なんだから」
セリーヌはふっと笑い、
「ララが恋心なんて抱いたら、それこそ国をあげてのお祝いだわ」と続けた。
──確かに、ララに恋のそぶりなんて、見たことなかった。
けれど、ランゼルがノルフェリアへ向かってから……ララの様子は、どこか違っていた気がする……
リーゼルはようやく落ち着きを取り戻しながらも、
まるで、花嫁を見送る父の気分……いや、まだ渡すつもりはないけどっ!
そんな複雑な心境で、妹の背中を見送っていた。




