第29話 返書と視線と、新たな一歩
「ランゼル、ご苦労であった」
国王の執務室には、ララ、ランゼル、王太子リーゼルと王妃セリーヌ、そして宰相バロン、大臣たちが控えていた。
皆が固唾を呑んで見守る中、ヨハンが手紙を開くその瞬間を、いまか今かと待ちわびていた。
なかなか封を切らないヨハンに、痺れを切らしたセリーヌが少し険のある声で口を開く。
「もう、あなたったら。さっさと開けてくださらない?」
「あ、そうだったな……」とヨハンが慌てて封筒に手をかけた、その時。
宰相バロンがスッと手紙を抜き取り、手際よく封を切ってヨハンに差し出した。
緊張した様子で、ヨハンは手紙に目を走らせ——
「ふむ。隣国ノルフェリアからの協力が得られそうだな」
上げた顔には、ほっとした安堵の色が滲んでいた。
横に控えたバロンが手紙を覗き込もうと体を傾けると、ヨハンは素直に手紙を差し出す。
受け取ったバロンはすぐに目を通し、読み終えるや否や「速やかに使節団の準備に入ります」と一礼し、足早に執務室を後にした。
その様子を見て、大臣たちも次々と国王に挨拶し、それぞれの準備へと動き出す。
「いよいよ、魔法導入の準備に入るのね」と、ララがリーゼルに目を向ける。
その視線に気づいたリーゼルは、軽く笑って答えた。
「そうだね。これから忙しくなるよ」
「使節団は兄様が指揮をとるんでしょ?」
「ははっ、ちょっと緊張するよね」
「きっと上手くいくわよ……。私も公共施設の視察に行こうと思ってるの」
「どうして?」
「エネルギー源の転換って言っても、全部を一度には無理でしょう? だったら、まずは使用量の多い場所から始めた方が効率的だと思って。公共施設から着手するのがいいんじゃないかって」
「確かにそうだね。でも、エネルギー源をビスから魔力に切り替えるには、その変換システムをどうするかが課題だよ」
「うん。変換機の開発が必要だし、それを動かす人材の育成にも時間がかかる。だから、それまではノルフェリアの魔導士にたよるしかないわよね」
ララの表情は真剣そのもので、口調には強い意志が宿っていた。
「それに、開発期間中もできるだけビスを節約したいの。だから……まずは自分の目で見て、無駄を探してくるわ」
意気込みを語るララを、宝物を扱うような眼差しで、そっと見つめるランゼル。
そんなララとリーゼルの真剣なやり取りなどお構いなしに、ヨハンがぽつりと呟いた。
「ノルフェリアからの返事はもっと遅くなると思ったが……案外早かったな。ノルフェリアの国王は仕事が早いのだな……」
自分のことは棚に上げた発言に、セリーヌがさらりと返す。
「仕事が早いって、素晴らしいことよね」
言葉こそ軽い嫌味のように聞こえるが、彼女の視線は、ヨハンではなくランゼルをまっすぐに捉えていた。
——っ⁉︎
その視線に気づいたランゼルは、息を呑み、すっと目を逸らす。
あの目は、何かを知っている。
そう確信したランゼルの動揺に気づく者は、誰一人いなかった。




