第24話 サンドイッチの楽しみは、怒号と共に消える……。
執務室を出たララとリーゼルは、少し足早にエントランスへ向かった。
「もう朝市は賑わっている頃かしら?」とララが尋ねる。
「そうだね……。そろそろ街の人たちが買い物に出始める時間だと思うよ」とリーゼルが答える。
「朝市って初めてなの。託児室の子どもたちに、何か買ってあげられるものがあるといいな」と期待を膨らませるララの姿に、リーゼルは微笑ましさを感じていた。
「ララ、買い物じゃなくて視察だよ」と冗談交じりに言うと、
「わかってるわよ。もし時間が取れたらって思っただけ」と、ララは口を尖らせてそっぽを向く。
「ごめん、冗談だよ。視察が順調に終わったら……朝市名物のサンドイッチを食べようか?」
「えっ!そんな素敵なものがあるの?」と目を輝かせ、嬉しそうにリーゼルへ向き直るララ。
そんな兄妹の楽しげなやり取りに、護衛のアーロンが思わず声をかけた。
「南の区画のサンドイッチが絶品ですよ」
「アーロンは朝市によく行くの?」とララ。
「南のってことは……他の区画のサンドイッチとも食べ比べたの?」とリーゼルも興味を示す。
「はい。非番の日はよく買い物に出かけます。ナイフとフォークを使う食事も好きですが、公園のベンチで大口開けて食べるサンドイッチは格別ですよ」と笑顔で応じた。
――こんな他愛ない会話にも気さくに返してくださるなんて……
アーロンは、王族とは思えぬ親しみやすい兄妹に、ますます好感を抱いていた。
***
エントランスの扉を出ると、一台の簡素な馬車が待機していた。
壮年の御者に首筋を撫でられた馬は、茶色の長い尾を静かに揺らし、ご機嫌な様子だ。
ララとリーゼルに気づいた御者は、帽子を取り一礼する。
「おはよう。朝早くからありがとう」とリーゼルが声をかけ、ララも続けた。
「おはよう。今日はよろしくね」
御者が馬車の扉を開けると、まずはリーゼルが乗り込む。
ララがステップに足をかけようとしたそのとき、アーロンがすっと手を差し出した。
「ありがとう」と笑顔で右手を添えるララ。
「お気をつけて」と支えるアーロンの動作は、驚くほど洗練されていた。
――見た目は無骨な騎士って感じなのに……
ララは、静かに感心していた。
馬車に乗り込んだララに続き、リーゼルが騎士たちへ声をかける。
「今日は非公式の視察だから、この馬車一台で移動しよう。カイ、アーロン、君たちも乗ってくれ」
一瞬、二人は戸惑ったように顔を見合わせたが、すぐに従い馬車へ乗り込んだ。
軽く蹄音を響かせながら、馬車は街道へと滑り出していった。
***
やがて30分ほどで、目的の街が見えてきた。
馬車は街の入り口の少し手前で停まり、四人はそこから朝市へと歩き出す。
街の中には露天が所狭しと並び、買い物カゴや荷物を抱えた人々で賑わっていた。
ララは様子を探るように、忙しく周囲に目を向ける。
新鮮な果物を手にする親子。
野菜を前に値引き交渉する老夫婦。
観察するように見入るララの目は、微かな違和感を捉えた。
──ひとの賑わいはあるのに、何が違う……。
どこか張り詰めたような気配……。
……あっ、そう…、ここには活気がない──
そんな中、一際大きな声がララの思考を遮った。
「ちょっと!なんで小麦が100グラムで32セルなのよ⁉︎ 一昨日は8セルだったでしょ⁉︎ ふざけてんの⁉︎」
怒気を含んだ中年女性の声に、周囲の空気が少しざわついた。
ララはなんとも言えない胸騒ぎを覚え、その場へと足を向けた──。




