第23話 新しい靴音、歩き出す朝
藍でも青でもない、日が昇る前の静かな朝。
いつもより少し早く目を覚ましたララは、そっと窓を開けた。
澄んだ空気が室内に流れ込み、ひんやりと頬を撫でていく。
まだ音のない外に目を向けながら、ふと頭に浮かんだのは──
ランゼル……ちゃんと休めているかしら。
隣国ノルフェリアへ向かった護衛騎士のことだった。
遠くの山あいから朝日がゆっくりと昇り始め、空の色がやわらかに溶け合い、幻想的な景色を描き出していく。
そのとき、トントンと小さなノックの音が響いた。
「どうぞ」と声をかけると、侍女のレネが入ってくる。
「っ…‼︎ あっ、おはようございます、王女様。お早いお目覚めですね!」
「今日は早起きしなきゃって思ってたら、案外すんなり目が覚めたの」
窓の外では、木々が緑を濃くし始め、夏の訪れを感じさせていた。
それでも朝の空気はまだひんやりとしていて、ララはそっと窓を閉める。
「今日の視察は朝市だから、簡素なワンピースがいいわ」
* * *
支度を終えて部屋を出ると、廊下にひとりの騎士が控えていた。
短く刈られた赤茶の髪、いかにも騎士らしい無骨な風貌が目を引く。
「あっ、おはよう」
少し驚きながらララが声をかけると、その騎士は明るく一礼して答えた。
「本日の護衛を担当いたします。アーロンと申します」
見た目の印象とは裏腹に、人懐こい笑顔と丁寧な口調。
そのギャップに、ララの緊張はふっとほどけていく。
「今日はよろしくね」
ララも自然と微笑みながら返した。
* * *
リーゼルの執務室へ向かう途中、ララは背後に響く足音がいつもと違うことに気づいた。
……ランゼルが隣にいるのが、当たり前になってたのね。
そのとき初めて、自分の中にあった微かな寂しさを意識する。
* * *
執務室に入ると、すでにもう一人の護衛騎士とゴードン大臣が待機していた。
「ララ、おはよう。ちゃんと休めた? 今日はたくさん歩くから、体調は大丈夫?」
「お兄様、みなさん、おはようございます。昨晩はしっかり休めましたし、体調も問題ありませんわ」
ゴードン大臣が一歩前に出て、ララへ護衛の紹介をする。
「王女様、おはようございます。本日の護衛はカイとアーロンです。どちらも騎士団の実力者で、カイは副隊長、アーロンは部隊長を務めております」
「それは心強いですね。カイ、アーロン、よろしくお願いしますね」
ララは二人に順に視線を向け、にこやかに挨拶した。
「そういえば、アーロンはゴードン大臣の息子さんだよ」
リーゼルがふと思い出したように口にする。
「……あら、そうだったのね」
なんとなく似ている気がして、ララはゴードンとアーロンを交互に見つめた。
視線に気づいたアーロンは、嬉しそうにニコニコしている。
一方、ゴードンは軍部の大臣らしく、きっちりと威厳を保っていた。
──うん、やっぱり……似てないかも。
ララは心の中で小さくそう思い直す。
* * *
こんな朝の顔合わせから始まった今日の視察。
それは、ララにとっても、リーゼルにとっても、長い一日の始まりだった。




