第22話 妄想は風に載せて⁉︎
風のように馬を駆るランゼルは、先ほどの光景を思い出し、口元をほころばせていた。
ララの小言めいた言葉も、子どもたちを見守る母のようなまなざしも、すべてが愛おしい。
ララと子どもたちと過ごした昨日は、まるで本物の家族のようで──
アルマティアに帰れば「おかえり」とララが笑って、子どもたちが走ってくる。
……そんな妄想が、気づけば頭の中を占領していた。
「……いや、何考えてるんだ俺は」
赤くなった耳を自覚しつつ、ランゼルは頭を振った。
――それでも、あの時間がどうしても忘れられない。
出発したばかりだというのに、ランゼルの心は
――早く、ララのもとへ帰りたい。
ただ、それだけだった。
思わずスピードを上げ、視線が森の入り口へと向かう。
獣道を通れば、少しは早く着けるかもしれない──そう思った、その時だった。
『ちゃんとご飯食べて、休憩してね。いい? 近道だからって森の中を突っ切るなんて、絶対ダメよ!』
あの声が、ふいに脳裏で蘇る。
「……まったく、心配性なんだから」
苦笑しつつ、手綱を引いて本道へ戻る。
鞍の後ろにしっかり括りつけた昼食のバスケットが、カタカタと小さく音を立てた。
その音が、ララの気遣いをそっと思い出させるようで──
胸の奥に、じわりと温かさが広がった。
* * *
その頃、リーゼルの執務室では──
ララがソファに腰掛け、カモミールティーを味わっていた。
「このカモミールティー、とっても香りがいいわね」
湯気の立つカップを手に、満足げに微笑んだ。
書類へのサインを終えたリーゼルが顔を上げ、
「それ、この前街に出た時に市場で買ったんだよ」と答える。
「街の様子はどうだったの?」とララ。
「普段と変わらない様子だったとは思うけど……。視察は公共施設だったから……しっかり街の中までは見てない…よ」
やや歯切れ悪く、リーゼルは返した。
その様子に、ララはくすっと笑いながら、
「それなら明日もう一度、街の様子を見に行きましょうよ」と声をかける。
「……そうだね。明日は特に予定はなかったと思うよ」
そして、ふとララは壁側を見ながらつぶやいた。
「ランゼル、明日は……」
「あっ……、ランゼルは隣国だったわね……」
少し寂しそうなその表情に、リーゼルは穏やかに言葉をかけた。
「ずっとララのそばにはランゼルがいたからね……。すぐに帰ってくるよ」
「……ちょっと忘れてただけよ」ぷいっと顔をそらす。
揺れた髪のすき間から覗く耳は、案の定、真っ赤だった。
これ以上からかうと拗ねてしまいそうな気配を感じたリーゼルは、話題を切り替える。
「明日は朝市を視察しようか? 民の暮らしが見えると思うし……」
ララも軽く深呼吸して、気持ちを落ち着けたようにうなずいた。
「そうね……。今回の護衛は、どうしようかしら……」
その時、控えめに扉をノックする音が響く。
ララとリーゼルは視線を交わし、リーゼルが「入って」と声をかけると、
入ってきたのは、軍部担当のゴードン大臣だった。
「リーゼル王太子殿下、こちらが使節団を編成する際の候補名簿です」
そう言って抱えていた書類を手渡す。
「ありがとう……。仕事が早いね」
リーゼルは受け取り、目を通しながら話す。
「まだ決定ではないけれど、準備をお願いするよ」
「承知しました」
一礼して退室しかけたゴードンに、リーゼルは声をかけた。
「明日、早朝に街の市場を視察する。護衛を二名、頼めるかな?」
「早朝に、ですか?」とゴードン。
「朝の市場が一番、民の生活の実情が見えると思ってね」
リーゼルが答えると、
「かしこまりました。少人数であれば、実力者から選抜いたします」
と応じ、扉を閉めた。
その背中を見送りながら、ララはつぶやいた。
「……ランゼル並の実力者って……誰かしら」
――この街の視察が、波乱を呼ぶことになるとは、まだ誰も知らなかった。




