第18話 まるで新婚夫婦⁉︎
使用人区画にある託児室には、1歳から5歳くらいまでの子ども達が10名ほど。
窓からララとランゼルの姿を見つけたレネは、驚いたように慌てて外へ飛び出してきた。
「王女様、本当によろしいのですか?」
戸惑いのにじむ声で尋ねるレネに、ララはにっこりと笑って答える。
「もちろん。そのつもりで、準備してきたんだから」
そう言って、レネの腕に抱かれていた1歳ほどの男の子を、自然な手つきで引き取った。
左腕に乗せるように抱き上げ、右手で軽く背中をポンポンと撫でる。その腕には、買い物かごのようなバスケットがかかっていた。
──まるで、幼子を抱いた帰り道の母親のようだ。
そのあまりに自然で安定した抱っこぶりに、レネもランゼルも思わず目を見張った。
(……ララが、まるで聖母のようだ)
見惚れるようにララを見つめるランゼル。
「さあ、ランゼルも手伝って!今から、午前のおやつにしましょうね!」
そう言って託児室の扉を開けて中へ入るララ。
ハッと我に返ったランゼルは、慌てて彼女のあとを追った。
中に入ると、ダンとエマがララに気づいて駆け寄ってくる。
「おうじょさま?」とエマが小首をかしげる。
ララは2人の目線に合わせてしゃがみ、にっこりと微笑んだ。
「そうよ。今日はね、私がみんなのお母さんよ」
その声を聞いた他の子どもたちも集まってきて、
「おうじょさま?」「きょうの、おかあさん?」と口々に繰り返す。
「そう、みんなのお母さん!」とララは笑い、
「うーん、そしたらランゼルはみんなのお父さん、かしら?」と冗談めかして言った。
「っ……!!」
突然の言葉に、ランゼルは真っ赤になって固まる。
子どもたちは無邪気に、「きょうのおかあさんは、おうじょさま〜!」と楽しそうに繰り返していた。
「今からおやつの時間にするわよ。一番大きい子は誰かな?」
「僕だよ」と5歳くらいの男の子が手を挙げる。
「次に大きい子は?」
「わたし!」と女の子が元気よく手を挙げた。
男の子はマルク、女の子はリンと名乗る。
「それじゃ、マルクとリンにお手伝いを頼んでもいいかしら?」
「いいよ!なにすればいいの?」と目をキラキラさせる2人。
「お昼ごはんまで、まだ時間があるでしょ? みんな、お腹すいてない?」
「おなかへった……」とマルク。
他の子どもたちも口々に「おなか、へった〜」と応える。
「お腹がすいたら元気に遊べないよね?今からおやつの時間にしましょうね!」
嬉しそうな歓声があがった。
「おやつの前に、まずは手を洗いましょう。マルクとリン? みんなを連れて手を洗ってきてくれる?」
「うん!できるよ!」と元気な返事。
「それじゃ、お願いね……ランゼルも一緒に行って、小さい子たちを手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
そう言ったランゼルに歩み寄ったのは、ダンとエマ。
エマはそっとランゼルの手を握った。
一瞬戸惑いの色を見せたランゼルだったが、すぐに優しいまなざしで子どもたちを見つめた。
マルクとリンが先頭を歩き、子どもたちが後に続く。
その一番後ろで、エマと手をつないだランゼルが歩く姿を見て──
(……新米パパみたいね)
ララは思わず微笑んだ。
「レネ、使っていい台拭きとお皿って、この辺りにある?」
「はい。この部屋の隣が簡易キッチンになっていますので、そちらに」
「ありがとう。いつも助かってるわ」
ララは微笑みながら感謝を伝え、男の子を抱いたまま、キッチンへ向かう。
キッチンから戻ったララは、片腕に子どもを抱えたままテーブルを拭き、お皿を並べ始めた。
その姿に、レネは言葉を失い、ただ呆然と見つめていた。
「ほら、レネ。仕事に戻らないとダメよ?」
振り返ったララに言われ、レネはハッとして何度も振り返りながらその場をあとにした。
手を洗い終えて戻ってきた子どもたちに、ララが声をかける。
「さあ、席についてね。マルク、リン、みんなのお皿にパンを乗せてちょうだい」
抱っこしていた男の子の顔を見ながら、ララはぽつりと呟く。
「この子は……パン粥くらい柔らかい方がいいわね。ミルクに浸せば食べやすいかしら」
「ランゼル、お願いがあるの。厨房からミルクをもらってきてくれる?パンだけだと、喉につまらせたら危ないから」
「はい、かしこまりました。……ですが、王女様をお一人にしてもよろしいのですか?」
その言葉に、ダンが胸を張って言う。
「おうじょさまは、ぼくたちがまもるよ!」
その様子にララは優しく笑った。
「ありがとう。頼りにしてるわ」
そう言って、ララはミルクを取りに向かうランゼルを見送った。
……そして、ちょうどそのとき。
近くを歩いていたバロン宰相が、ふと窓辺に目をやる。
そこで目に飛び込んできたのは──子どもたちに囲まれ、微笑みながらお皿にパンを並べるララの姿だった。
二度見した宰相は、手にしていたハンカチを落としかけ、ぼそりと呟いた。
「……オカン、とうとう子沢山に……」