第16話 王女、オカン化が止まらない
王妃セリーヌの言葉に、執務室にはしばし驚きの余韻が残っていた。
王妃に目配せされた国王ヨハンは、ハッと我に返り、
「‼︎ランゼル、頼まれてくれるか?」と声をかける。
ランゼルは軽く眉間に皺を寄せ、数秒目を閉じると、
「承知いたしました……。ただ、その間の王女様の護衛は……?」とララに視線を向けた。
その表情には、**“離れたくない”**という想いがにじんでいたが──
当のララ本人は、まるで気づいていなかった。
「護衛なら大丈夫よ。騎士団から派遣してもらうわ」
ララは軽くそう返し、
それを聞いた王太子リーゼルは、ランゼルに同情するような目を向ける。
「隣国ノルフェリア公国までの往復となると、10日はかかるかと……」
必死に訴えるランゼルの声もむなしく、
「そうね、それくらいはかかるわね。でもランゼルなら大丈夫でしょう?
ただし、近道だからって森を抜けたり、休憩を取らないのはダメよ。ちゃんと気をつけて」
まるで家族を見送る母のような口調でそう告げるララに、
「……不憫だ……」と、リーゼルはぽそりと呟いた。
ふとランゼルの方を見ると、
──意地でも早く帰ってくる──
そんな決意を秘めた表情に見えた。
「では、親書の返事次第になりますが、正式な使節団としては僕とゴードン大臣、それに騎士団数名で向かうようにしますね」
リーゼルは、またしてもランゼルに白羽の矢が立たぬよう、さりげなく気を配ったのだった。
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執務室を出たララは、ふと立ち止まってランゼルを振り返る。
「ランゼルって、ノルフェリアの出身だったのね。だから魔法が使えるのね」
「……はい。幼少期から、一通りは学びましたので」
「ノルフェリアでは、皆が幼い頃から魔法を学ぶの?
アルマテリアでも今から学び始めるけど、大人も含めてとなると時間がかかりそうで……」
心配そうに話すララに、ランゼルは柔らかく答える。
「いえ、多くは学院に通う頃から本格的に学びます。ですから、アルマテリアの取り組みもきっと軌道に乗るはずです」
「……⁉︎ じゃあ、ランゼルはもっと小さい頃から学んでいたの?
……それって、何か特別な教育が必要な環境だったんじゃ……?」
思わず問いかけるララ。
ランゼルは一瞬、返答に詰まり──
「……そう……ですね」
その曖昧な答えに、ララは一歩、彼に近づいた。
……と、空気を破るように前方から聞こえてきたのは、おなじみの声。
「だから、手伝ってって言ってるじゃない!」レネの声。
「無理だって!今から街の巡回なんだから!」ジャックの声。
――あぁ、またあの二人か……。
ララは半ば呆れながら声をかける。
「レネ、ジャック。ここは皆が通る廊下よ? 今度は何があったの?」
ハッとして、2人はようやく前方のララに気づき、慌てて礼を取った。
「今日の託児室担当が、体調不良で……。でも皆忙しくて、代わりがいなくて……」とレネ。
「それでジャックに頼んだの?」とララが尋ねると、
「そうなんですけど…、オレこれから巡回があるんです!」とジャックが勢いよく返す。
「だって、頼めるのジャックしかいなかったから……」とレネがボソリ。
「なぜジャックなの?」とララ。
「……オレ、兄弟多いんですよ。8人兄弟の長男で。
チビたちの世話、慣れてるんです」
ジャックの苦笑いに、ララもつい笑みを浮かべた。
──そういえば、今日は特に予定はなかったわね。
ララの思案顔に、隣で見ていたランゼルは警戒するように眉間に皺を寄せる。
そして次の瞬間──
「それなら、私が今日の託児室担当になるわ!」
その一言に、思わずランゼルは声を上げた。
「王女っ……!」
レネとジャックも、目を丸くしてあっけに取られている。
さあ、ララの“オカン魂”、再び発揮の時がやってきた!