第15話 隣国へは──まさかの使者⁉︎
議会から、ちょうど一週間が経ったある日のこと。
国王ヨハンの執務室では、積み上がった書類に囲まれながら、国の行方を左右する大事な相談が行われていた。
「ところで父上、隣国ノルフェリア公国へは誰が向かうのですか?」
執務机の前に立つリーゼルが、真面目な面持ちで問いかけた。
「そうだな……。まずはノルフェリア国王に宛てた親書を、近日中に……」
国王ヨハンは歯切れ悪く、何かをごまかすように視線を逸らした。
「お父様、議会からもう一週間ですわ。あれほど、時間がないと貴族たちにも訴えたのに……」
ため息まじりに、ララが呆れたように言葉を継ぐ。
「書こう、書こうとは思っていたんだが……。なかなか筆が進まなくてね……」
その言葉に、ララとリーゼルは顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく声を揃えた。
「──お母様を呼びましょうか?」
瞬間、国王ヨハンの顔が引きつった。
「今まさに書こうと思っていたところだよ! そうだよな? バロン?」
突然話を振られた宰相バロンは、ビクッと肩を跳ねさせた。
「……はい、そ、そうでございます」
慌ててハンカチで汗を拭いながら、しどろもどろに答える。
その横で、ヨハンはペンを取り、ようやくインク壺に先を浸した。
そんなやり取りを横目に、ララは静かに告げた。
「お兄様、それなら私が親書を持って、隣国へ参りますわ」
──パタンッ!
突然、扉が勢いよく開いた。
ノックもなく入ってきたのは、堂々たる足取りの王妃セリーヌ。
「隣国へは、ランゼルに行ってもらいましょう!」
その言葉に、執務室にいた全員の視線が一斉にランゼルへ向いた。
「なぜ、彼が……?」
目が物語っている。驚き、動揺、そして疑問。
直後、王妃の後を追うように軍務担当のゴードン大臣が入室し、声を張った。
「王妃、それはなりません!」
被せるような強い否定。
「あら、なぜダメなの?」
セリーヌは小首をかしげ、悪びれた様子もない。
「彼は我が国の出身ではありませんし、騎士団でも十分な実績があるとは言い難い!」
ゴードンはもともと騎士団の総団長だった男。
筋と功績を重んじる彼にとって、ランゼルのような外様の若者が要職を任されることなど到底受け入れ難かった。
だが、王妃はにこりと笑って言った。
「ゴードン大臣。彼は5年前、魔物から王太子一行を救いました。魔法も剣も操れる、頼もしい騎士です。そして──何より、彼は“ノルフェリアの出身”ですもの」
その場が、静まり返った。
誰からともなく視線が、部屋の後方に控えるランゼルへと向かう。
ララ、リーゼル、国王ヨハン、バロン宰相、そしてゴードン大臣──
一様に、戸惑いを浮かべていた。
その中で、ただ一人。
王妃セリーヌだけが、どこか誇らしげに、胸を張っていた。