第14話 執着系従兄、参戦の予感⁉︎ 騎士の動揺、見抜くは王妃
「そういえば、議会の終わり際にお母様が扉の隙間から覗いていたのよ」
ララが振り返ると、ランゼルが一瞬ビクッと反応したが、すぐに表情を整えた。
「……実は、初めの頃から、いらっしゃっていました」
ララの美しい髪に見惚れていて、返答が少し遅れたことには触れないまま、彼はそう答えた。
「そう。きっと国の行く末も、兄様と私のことも、心配なのよね」
ララはそう言って穏やかに微笑むと、続けて小さく吹き出した。
「でも、お父様のことは──別の意味で、心配だったのかも」
笑みを浮かべるララを、ランゼルはまるで大切なものを見守るように、そっと見つめた。
やがて王妃の私室の前にたどり着くと、ララは軽やかにノックした。
「しばらく時間がかかると思うから、ランゼルは休憩してきてね」
そう伝えると、扉が開き、王妃付きの侍女がララを中へと招き入れる。
「では、1時間後に迎えに参ります」
ランゼルが頷いた、まさにそのとき──
「ララ、今日は護衛のランゼルもご一緒に」
部屋の奥から聞こえた王妃セリーヌの声に、2人は顔を見合わせた。
「お母様、どうして今日はランゼルも?」
「たまには、いいじゃない?」
意味深な笑みを浮かべながら軽く流す王妃に、ランゼルは静かに礼を取り、壁際へと控えた。
しかし──
「ランゼルも、今日は一緒にお茶にしましょう?」
背後からの思いがけない提案に、ララとランゼルの動きがぴたりと止まる。
「今日のあなたの頑張りを、皆で労いたいのよ」
王妃の言葉に、ララは微笑むが、ランゼルはやや戸惑った様子で答える。
「……王族と席を同じくするのは、僭越かと」
「まぁ、本来ならね」
王妃の口元が片方だけ上がった。まるで何かを含んだように。
ララには意図が掴めずとも、ランゼルはわずかに表情を引き締め──「では、お言葉に甘えて」と答え、席へとついた。
侍女が丁寧に紅茶を注ぐと、ふわりとベルガモットの香りが部屋を包む。
ララは、その香りに思わず深く息を吸い込んだ。
「……いい香りね」
それぞれが紅茶の香りと味を楽しむ中、王妃が口を開いた。
「ところでララ、ビスの代替案は“魔法”なのよね?」
「はい。できる限り早急に、隣国ノルフェリアへ魔導士の派遣を依頼したいと考えています」
セリーヌはカップを置き、腕を組んで少し考えたあと、ゆっくりと話し出した。
「そうね……まずはノルフェリア国王に依頼することになるけれど、私の甥も、魔導士なのよ」
(お母様の出身はノルフェリア。つまり、お兄様の息子さん……)
ララは頭の中で関係性を整理しながら、続きを促した。
「ララの従兄弟になるわね。彼は王宮所属の魔法師団にいるから、今回の派遣が実現すれば、きっと彼も含まれるはずよ」
そう言いながら、王妃はどこか気まずそうに笑った。
「お母様、よくご存じなら、色々と話しやすいのでは?」
ララが首を傾げると、王妃は少し意外そうに目を丸くし──
「覚えてないの? ララが小さい頃、ノルフェリアを訪ねたこと」
「ええ? 幼い時のことだから……覚えていないわ」
「あなた、3歳だったわね。甥──ライオネルは8歳。そのとき、彼があなたを気に入ってしまって、大変だったのよ」
セリーヌは苦笑交じりにため息をついた。
「ララは僕の妹にする、って言ってね。帰国の日、あなたを離さずに、自分の部屋に籠城したのよ。本当に大騒ぎだったんだから」
「そんな昔のこと、覚えていないわ。今さら気にすることでもないでしょ」
ララは紅茶を飲み干し、目の前のフィナンシェに手を伸ばした。
「ララって、ほんと無自覚なのね」
「何がでしょう?」
「その、喋らなければ放っておけないような見た目よ。兄様にも言われてるでしょう?」
「……ええ、まぁ」
「でしょう? ライオネルも、きっとまたその見た目に騙されて、執着すると思ったのよ……」
その会話を、紅茶を口にしながら黙って聞いていたランゼル。
「執着」という言葉が出た瞬間、カップを持つ手にわずかに力が入った。
その変化に、ララは気づかない。
だが──王妃セリーヌの目だけは、見逃さなかった。
くすっと微笑みながら、彼女はまたもや右口角を上げた。