第10話 議題:王国の命綱、あと何年?
午後から始まる議会に向かい、ララは兄のリーゼルとともに歩いていた。ちょうど廊下の角を曲がったところで、国王ヨハンと出会う。
「おや、ララも参加するのかい?」
ヨハンは嬉しそうに声をかけてきた。
国王ヨハンは子煩悩で、穏やかな性格の良き父親だ。リーゼルやララのことが可愛くてしかたがない。しかしその一方で、面倒なことを先送りにしがちな一面があり、統率力にはやや欠けるところがある。
「ええ。今日の議題はビスの枯渇についてですから。兄さまだけでは、ちょっと心配で……」
ララは言葉を選びながらも、心の中では──保守派の貴族たちに押し負けてしまう兄を案じての参加だった。
リーゼルは頬を人差し指でかきながら、
「……だそうですよ、父上」
と、苦笑いを浮かべた。
だがその内心では、しっかり者の妹が同席してくれることに、ほっとしている自分がいた。
ふと、ララの表情が曇る。何かを考えているようだ。
「ララ、何か心配事かい?」とヨハンが声をかける。
「……うーん、ちょっとね」
「どうしたんだい?」
「今日の議題がビスでしょ? きっと、まだ誰もこの深刻さに気づいていないと思うの。でも、今日はその現実を思い知ることになるはずよ……」
「それが、どうしたの?」とリーゼルが問い返す。
「ねぇ、人の心理って、『無くなる』と分かったとたんに、安心できるだけのストックを確保したくなるものなのよ。そうなったら……貴族の間でビスの買い占めが起こるわ」
ララの言葉に、今気づいたと言わんばかりに、ヨハンとリーゼルは目を見開いた。
「そうなると、ただでさえ流通量が減っているビスが、さらに希少なものになってしまう……。そして、一番困るのは──民よ」
「何か、対策が取れればいいんだけど……」
珍しく困惑したようなララの様子に、リーゼルも一緒に考え込む。だが、答えは出ないまま、議会の開かれる部屋の扉の前へとたどり着いた。
議会の場はすでに、多くの貴族で埋め尽くされていた。
賑やかだったその空間は、王族の到着を知らせる声にぴたりと静まり返る。
扉が開き、国王ヨハン、王太子リーゼル、そしてララが入室すると、室内の貴族たちが一斉に立ち上がって礼をとった。
ララの姿を目にした一部の保守派は、わずかに苦い顔を浮かべる。
ヨハンが壇上に立ち、議会の開会を告げる。
それに続いて、宰相バロンが一歩前に出て、今日の議題を読み上げた。
「本日の議題は、“王国のエネルギー基盤を支える魔鉱石〈ビス〉の採掘量減少と今後の方針”について──王太子殿下、お願いいたします」
促されて、リーゼルが立ち上がった。いつになく真剣な面持ちだ。
「ご列席の皆様。本日は、王国の未来に関わる極めて重要な報告を行います」
淡々とした口調ながら、その声には確かな決意が宿っていた。
「まず、直近の数値からお伝えします。先月の採掘量は、前月と比べて約10%の減少を記録しました」
ざわ、と会場が小さくざわめいた。
「……ただし、これは季節的な掘削効率の低下なども要因に含まれており、突発的な異常ではなく、長期的な減少傾向の一環です」
リーゼルは手元の資料を掲げながら、視線を巡らせて続けた。
「事実、過去数年のデータから見ても、ビスの年間採掘量は平均して約10%ずつ減少を続けており、この傾向に歯止めはかかっていません」
「王国の年間総消費量は、一般家庭と公共部門を合わせておよそ912万個。一方で、現在の年間採掘量は800万個──すでに消費が採掘を上回っている状況です」
再び、室内がざわつく。
「備蓄量は約400万個。緊急時に備えたこの蓄えは、使い方を誤れば3年以内に枯渇し始め、5〜6年後には深刻なエネルギー危機に突入すると予測されています」
貴族たちの顔色が変わり始める。互いに視線を交わし、重い空気が場を包んだ。
「ビスは単なる燃料ではありません。調理、水道、照明、冷却、医療設備まで……私たちの暮らしのすべてを支える生命線です」
「この状況に対し、現在、2つの代替策が検討されています」
リーゼルは1本指を立てる。
「ひとつは、“魔法”によるエネルギー転換です。
アルマテリアの国民は皆、生まれつき魔力を備えています。
けれど、それを活かすための教育や技術、制度が整っておらず、今は使いこなせていないのが実情です。
こうした体制を一から築き上げ、完全な実用化に至るまでには5〜7年を要する見通しです」
次に指を2本に増やす。
「もうひとつは、“水晶精霊技術”の導入。隣国で研究が進められてはいますが、封入技術は高コストで、導入までに3〜4年はかかるでしょう」
そこで一呼吸置き、声をやや強めて続けた。
「──つまり、どちらの手段も“完全な移行”には間に合いません。
ですが、準備を始めるなら“今”しかありません。
現実的に、我々に残された猶予はあと2〜3年──そこから先は備蓄に頼るしかなくなるのです」