妃殿下のお茶会に、ともに
めっちゃ長い
二話か三話に分けられる分量に増えてましたが
分けるのが面倒なのでこのままいきますね。
短い夏は、社交の季節だ。あちこちの家で夜会やお茶会が開かれている。それは王城でも同じ事だ。両陛下、それから殿下、姫殿下。開催名義だけでもそれだけある。
今日は、妃殿下名義のお茶会だ。陛下と殿下方は不参加だけれど、殿下のご婚約者であるキーア様はご参加される。
「本当に、ご参加させていただいても?」
「ええ、招待状もお送りしましたでしょう」
そんな会話が、入場前の控室のあちらこちらから聞こえてくる。ここにいるのは基本的に、子爵位以下の人々だ。
「どういう、基準なのかしら」
自分の隣で、メルヴィ嬢も首をひねっていた。妃殿下主催のお茶会だというのに、親世代はおらず、殿下や姫殿下に近い年ごろの者が大多数だ。
「おや、お分かりになりませんか」
あちらでも、こちらでも。
控室のそこかしこで、皆不思議そうに視線を動かしている。
「ええ。パーヴァリ様は、お呼びになる方でいらっしゃいますから、何かご存じなのでは?」
「勿論ですよ」
そう言って視線を、壁にやる。
つられて、メルヴィ嬢もそちらを見た。それから、それから。視線をあちこちに動かして見せた。
「ああ、そういう」
「ええ、殿下がご成婚されますから」
王城に勤めることが出来るのは、貴族だけだ。下働きだって、貴族の家から血縁の紹介が必要である。いや、一族の中の不届きものではない。そういう理由で貴族の家から出されたわけではなく、自分のように貴族家の兄弟の下の方で継ぐ家督がなく、貴族籍から外れて久しい家の者を紹介するのだ。
妃殿下や姫殿下の側に仕える女官は伯爵家以上、身の回りのお世話をする侍女は子爵家以上、それ以外の、何と言うか部屋の掃除をしたりといった、殿下方の目に留まらぬ作業をするメイドや侍従などは男爵家、と大体決まっているのだ。
これは妃殿下による、今年のその選抜のお茶会である。
「ですけれど、代々王家に仕えているお家もございますよね?」
「ええ。参加者としても、本日いらっしゃいますよ。ヒュンニネン子爵家のご兄妹に、クロヴァーラ子爵家のご姉妹」
彼の家々はともかくとして、自分やメルヴィ嬢のように、家を継げぬ者どもにも、仕事は必要なのである。あとは、まあ。そういった方々の見合の側面もあるのだろう。
なんとなくメルヴィ嬢が納得してくれたのと大体時を同じくして、控室のドアが開かれる。
子爵家のご令嬢方から順に、会場である庭の一つへと移動するのだ。メルヴィ嬢も本来であれはお母上か兄君とご参加されるべきなのだが、城に詳しい自分が、と名乗りを上げさせていただいた。知らぬ顔ばかりより、知った顔がある方が良かろうと。まあ、今日の催しについては家同士で話は通してあるはずだから、メルヴィ嬢もご存じだとは思うが。
婚約についての話の方は、確定には至っていない。メルヴィ嬢のお気持ちを優先して欲しいと伝えて、この夏は色々と出歩いてみる予定だ。その許可はいただいた。今日のお茶会も、その一環である。
「行きましょう」
「はい」
ガーデンパーティーであるから、特に名は呼ばれない。メルヴィ嬢に腕を差し出して、彼女をエスコートして歩き出す。自分達の後ろから、何組かが続いてくる気配がある。まあ、知らなければ城を歩くのは怖いか。
「皆様どうぞ楽になさって」
主催の王妃様と、王子妃様を勝ち取ったキーア様。実際のところはそんなことは特にないのだけれど、ご本人様の中ではそうなっているので、そう言うことにしておいてあげてくれと、殿下がニコニコ通達して来たので、我々の間ではそういうことになっている。まあ、別に大したのろけではない。
王妃様もキーア様も、少し系統は違うけれど金の御髪をなさっている。陽光にきらめくのがキーア様で、少し白みがかった髪色が、王妃様だ。
広い庭の中央に、王妃様とキーア様が着座なされているテーブルが一つ。そこには大ぶりなパラソルで、日陰が作られている。そのお二方の着座なさっているテーブルから離れたところに、ドリンクのテーブルに軽食のテーブル。スイーツのテーブルに、サーブをする使用人たち。
「今日は、皆様とお話がしたいと思いましてね。ほら、いつものお茶会形式だと、同じテーブルの方としかお喋りできないでしょう?」
中央のテーブルには、他に椅子が二脚。後は王妃様方が座しているテーブルから離れたところに、小さいテーブルと小さい椅子が並べられている。王妃様方のテーブルでお喋りを楽しんでいない時は、あちらで休憩できるようになっている、ということであろう。
庭に入ってきた自分たちは、ざわざわと、しかし声を出すわけにもいかず右往左往している。まあ、この状態でどう対応するべきかは、悩むところである。おそらく、令息令嬢は少なく、その一門に連なる者、がほとんどなのかもしれない。ちなみに後程メルヴィ嬢が言うには、子爵家の令嬢程度では、よほど王女殿下方と親しくない限り城でのお茶会に参加はしないそうである。そういう物なのか。いや、自分も言われてみれば殿下とは学院で親しくなかったのだから、そうかもしれない。
勝手に歓談するでもなく、また先陣を切って王妃様方のテーブルに近づくでもなく。混乱する一同を、困った顔でキーア様が眺めている。あなたは困らないでいただきたい。
「あら、パーヴァリじゃない」
「本日はお招きありがとうございます。王妃様、キーア様」
「相変わらず堅苦しいわね。ほら、こっちにいらっしゃい」
軽く腰を折って挨拶すれば、隣でメルヴィ嬢も礼を取ってくれているのも分かる。しかしこちらの気持ちなどお構いなしに、キーア様が手招きをする。
庭に来ている皆々様は、固まってしまって動けないでいる。まあ、致し方があるまい。王妃様やキーア様の人となりを知っているものなど、少ないであろう。いやいないはずはないんだが。
「では、失礼して」
メルヴィ嬢をエスコートして、お二方が座られているテーブルに着く。執事が、彼もまた、年若い。年若い執事の彼が、私達にお茶をサーブしてくれるのと大体同じくらいの時に、音楽が流れだした。他の城の勤め人も動き出し、皆々様を他のテーブルへと誘っていくのだろう。
「改めまして。ようこそ、メルヴィ・クレーモア嬢。楽しんでいただけているといいのだけれど」
「始まってもいませんのに、無茶を仰る」
「パーヴァリ様!」
キーア様の御言葉に、お言葉を返したら、メルヴィ嬢が慌てて私の袖を引いてくる。そのやり取りを見て、ころころと王妃様が笑われる。こういうお方なのだ。
「そうね。まずはお茶とお菓子を頂こうかしら」
「今日はキーア様の領地のお茶を持ってきていただいているのよ」
「キーア様の御領地のお茶と仰いますと、ハーヤネンが有名でしたね」
ミルクを入れて飲むと美味しいのだと、一時期執務室で流行した。勿論持ち込んだのは殿下だ。お砂糖も淹れた方が美味しいから、そっと砂糖壺をメルヴィ嬢の方へと置く。
「あら」
「なんでしょう」
目を細めて笑みを浮かべるキーア様に、先を促してみる。あらで切るな。
「いえ、パーヴァリにしては珍しいと思って」
「そうですか? メルヴィ嬢は初めて飲むと思われますし、彼女の位置から砂糖壺は少し遠かったので」
「そうだとしても貴方普段、そんなことしないじゃない」
隣から視線を感じるが、そちらは見ない。
確かに普段、キーア様の見えるところでそのようなことをすることは少ないだろう。当たり前のことである。
「当たり前でしょう。キーア様にするのは殿下であるべきですし、他の野郎どもも自分でやればよろしい」
もちろんそこにある砂糖壺を取ってくれ、と言われれば手渡しをする。それは人として当然の行いであるが、当然の行いであるがゆえに、事前に気と手を回す必要を感じないのだ。いやまああからさまに自分で砂糖とミルクを足せないほどに忙しいようであれば、侍従に作らせるが。それでいいであろう。
「あなたそういう人よね」
「そういう人間ですね」
王妃様はもう、扇の向こう側で肩を震わせている。誰だってキーア様とお喋りしてしまってはこの調子なのだから、王妃様は本日笑いっぱなしであろう。笑い上戸な王妃様だから、仕方がないのだ。
ちなみにキーア様相手でなくても、王妃様は大体ずっと笑いっぱなしである。同席したことはないので殿下から話にしか聞いていないが、他国との晩餐会などでは王妃として泰然と振る舞われているというのだから、すごいものである。まあ、今は気を抜いておられるだけかもしれないが。
「あらそう。良かったわね、メルヴィ様」
「よかった、ですか?」
「ええ、パーヴァリにとって大切な人のようよ、あなた」
ころころと笑うキーア様に対して、メルヴィ嬢は困惑しているようだ。それはそうだろう。王妃様はずっと笑い転げているし、次期王子妃様は私にずっと絡んでいる。お茶を飲むのもお菓子を口にするのも、どうにも先程から気を揉んでいらっしゃるようだった。
「もう、ご家族にお話はされているのかしら」
「はい。父には伝えてあります。クレーモア子爵家との仔細の調整は、まだ待ってもらっている状態ですが」
「あらそうなの」
するっと笑い声を収めておしまいになられた王妃様は、お茶をのどへと流し込む。そっと寄ってきたメイドが、手にしたお盆からクッキーとプチケーキが乗ったお皿を各人の前に置いて去っていく。入れ代わりに、お茶のポットを持った侍従が王妃様のカップにお茶を注いで去っていく。
「どうして? 婚約してしまえばよろしいじゃない」
「家同士の話になってしまえば、メルヴィ嬢は断れませんから」
我が家の方がクレーモア子爵家より爵位が高く、自分は殿下の側で使い走りよりはもうちょっとマシな仕事をしている。自分に子供が生まれても、タイミングが合わなければ平民になってしまうが、メルヴィ嬢は子爵夫人にはなれるとあれば、メルヴィ嬢のご両親が受け入れてしまう可能性があった。
「そこは話し合いなさいよ」
「下手に話し合うと話を勝手に進めようとする大人がいるのはご存じでしょうに」
「ああ、いるわね」
王妃様もキーア様もメルヴィ嬢も頷いておられる。我々男にだってそういうおせっかいな大人が付いて回るのだから、女性であればもっと多かろう。
「ですので、本日エスコートさせていただきました」
招待状をもぎ取った、ともいう。
本来こういう場は、婚約者でもない自分がエスコートをするのはおかしい。不自然である。けれどまあ、二年前のあれを紹介とみなしていいのかどうかの審議はさておいても、一度姉から紹介はされているし、自分は城に勤めているので城内の移動という意味でのエスコートは不得手ではない、というのはあるだろう。言い訳がましいが。
「どういう、ことなのでしょう」
「私の仕事をある程度ご理解頂いた上で、メルヴィ嬢ご自身もお城勤めをされてもよろしいというのであれば、お話を進めさせていただこうかと思っています」
まさかキーア様からお茶会のお相手の、初手を指名されるとは思っても見なかった。自分以外にも城に詳しいものは散見されたし、すでに城で働いている兄姉が妹を連れてきているのも控室で目にしたというのに。
「あら、ごめんなさいね」
「まったくです」
「ふふふふ。メルヴィさん、今日は楽しんでいかれて頂戴ね」
「お言葉、ありがたく頂戴いたします」
結局メルヴィ嬢は、お茶はともかく茶菓子には手を出せていないようだったので、お二方の席を辞した後、まずは軽食近くのテーブルへと向かう。その道中適当に、誰か次の者を指名するようにとキーア様からご指示をいただいたので、そのようにした。その空いたテーブルをお借りして、休憩をするわけだ。
「ええと」
給仕して貰ったお茶とお菓子で喉と心を潤してから、メルヴィ嬢は居住まいをただした。他愛無い話は、おしまい、という合図なのだろうか。
「先程の、お話ですが」
「はい」
「どういう、意図なのでしょう?」
「私が伯爵家の次男であることは、ご存じですね?」
「はい。最初にお会いする前に伺いました」
メルヴィ嬢の兄君が、リューディア姉上の旦那様、キュラコスキ伯爵令息のご友人なのだという。なればあの場にいるべきではないのかという問いが浮かぶが、まあ、過ぎた話をえぐったところで益体もない。
「私が現在、クラウス殿下にお仕えしていることも、ご存じですね」
「はい」
より正確に言うとちょっと違うが、まあ概ね間違ってはいない。直接お仕えしているわけではないなどと細かい事をお伝えするのは、婚約を正式に結ぶ時か、結んだ時か、結婚する時でいいだろう。つまり今ではない。
「殿下とキーア様がご結婚成されたら、そう遠くない内に御子様が出来るでしょう」
「そうですよね」
「となると、殿下にお仕えしている我々も結婚し子を成す必要があります」
「パーヴァリ様は、殿下の幼馴染ではありませんよね?」
「ええ、学院での友人の兄が、殿下と親しくしていらして。そのご縁で、自分はこうして殿下にお仕えしています」
「それに確か、殿下のご婚約者様になるには、ええと」
「勿論、殿下方のお子様に幼馴染を作ってあげるのも大事な仕事ではあるでしょう。けれど乳母として、キーア様のお側にお仕えすることが出来る人材も探しています」
身元の確かな女性がちょうどよく妊娠している可能性は、どれだけあるのだろうか。まあ、殿下方に御子様が出来れば皆同じ時期に子供を、となるから何とかなるのではあろうけれど。
誰もいない、という事態を回避するために、自分達は見合をして婚約者を得て、結婚して子を成すようにと勧められるのだ。
「それで、今日なのですね」
メルヴィ嬢は庭全体を見渡した。
今この場にいるのは大体、子爵家と男爵家の人材だ。侯爵家のご婦人や伯爵家のご婦人は、ご自身が傅かれるお立場にあらせられるから、あまり殿下方のために働きたいとは思わないらしい。うちの姉とかだ。
勿論一部のお気になされないご婦人方は女官として出仕してくださっている。けれどどうしても数は多くない。
「というお話をしてから、お二人に会っていただいて、どうするか決めていただこうと思っていたのですが」
「そうなのですね。けれど、私を採用するかどうかは、お二人が」
「それはもっと後です」
「はい?」
「本日は、職場の見学会ですね。お城にも働き口はありますよ、お仕えするのはこの方々ですよ、と、お伝えするためのお茶会です」
確かに最終決定権はあの二人にあるかもしれないが、まだそこには到達していないのだ。応募してもらわねば、評価も出来ない。
「そう、なのですね」
「ええ、ですから考えておいてください。私と婚約する話を、進めてもいいのかどうかを」
「え?!」
「同じお話です」
私と結婚するのであれば、城で働いてもらいたい。これは、そう言うお話だ。勿論、私と結婚しないが城で働く、という手がない訳でもないが。私と結婚しないのであれば、城で働く必要もないかもしれない。
まあそこも含めて、考えておいてもらいたい。
タイトル回収。
ここでメルヴィに気を遣うのが苦じゃないから、ああじゃあこれが愛なのだな、と思った、というお話です。
この辺書いてるときに、「こいつは全方位塩対応で行こう」と思ってましたが行けてるでしょうか。
行けてない気がするんだよな。