夜会で、お酒を飲みながら、あなたと
短い
クレーモア子爵領といえば、国の北の方にあり、決して肥えた土地ではないが、それでも多くの名産を抱えている。カーパを代表する果樹に、クレープにするとおいしいと最近ご令嬢の間で評判だという穀物のキエシ。かつてはもっと厚く丸めて焼いていたのだと、同じくキエシを算出する地方の……あれは誰だったか。学生時代の誰ぞやが言っていたように思う。スープの具にすると、美味しいとも聞いた気がするな。
他にも冬場に雪で閉ざされる間に発達したという細工類。確か王都ではめったに手に入らぬと母が嘆いていたあれも、クレーモア子爵領だったのではなかったか。
そんなことを、ユハナのカクテルを口に含みながら、思い出す。
ご令嬢の来歴なんかについては何も調べていないから分からないが、まあそれはおいおい知っていけばいいだけの話だ。今思い出す必要があるのは、彼女が生まれ育った領地の事。何か話題のとっかかりでもあればいいのだけれど。
そこまで踏み込む前の話は天気に気候、あとはこれからの夜会のシーズンについて。普段の仕事についての話はしない。聞かれたら答えられる範囲で答えるけれど、といったところか。今参加しているこの夜会は、仕事の範疇だ。
互いに踏み込まない会話を笑顔でかわしながら、手にしたグラスはいつの間にか空になっていた。
「甘いカクテルも、たまにはいいですね」
「今度は是非、カーパのカクテルを味わっていただきたいわ」
「クレーモア子爵家の夜会で、出ますか?」
「ええ。お父様に頼んでおくわね」
グラスを給仕に返して、ダンスフロアへ。
婚約者以外の相手とは、三度続けて踊ってはいけない。という古い慣習がある。ああ、ダンスパーティは別だ。あれは踊り続けるためのものであるし、誰と踊ったか、等というものはすぐにみんな忘れてしまう。
それでも気にする向きは、間に誰か一人を挟んで再度踊る、という手法を取る。自分なんかは手間がかかるな、と思うだけであるが、手間をかけたいのだろう。
さっさと婚約してしまえばいくらでも踊れるのにな、とは、言ってはいけない事であるらしい。
二度ほどメルヴィ嬢とダンスを踊って、軽く甘いものを摘まんで、今日はそれでお開きだ。お互いの領地の事に軽く触れて、それから派生で家族の話になった。メルヴィ嬢には兄君がいて、彼女は実家を継がない。自分にも兄がいて、家を継ぐ予定もない。
貴族家のご令嬢の結婚相手として、自分はそれほど条件が良くないけれど、まあ、それはそれだ。伯爵家のご令嬢だと働くのは好まれないかもしれないが、彼女は子爵家のご令嬢だ。殿下方にお仕えするのは、それほど苦でもないかもしれない。
そんなことを互いに探り合いながら、いずれクレーモア子爵家の夜会に呼んでいただく約束をして、その日はお別れした。
ああ勿論、彼女を彼女の家の馬車までちゃんとエスコートした。紳士の嗜みとしてね。
さあ、今日は何のカードを贈ろうか。
それから、父にも話はしておこう。すぐに家同士で話を進めて貰うつもりはないけれど。こういう話は、先にしておいた方がよろしい。
本日はここまで。
明日からは朝八時の更新です。毎日。
これをアップしている時点ではまだ終わりの方の推敲は終わっていませんが、最後まで書いてはあるので安心してお読みください。
大丈夫ハッピーエンドだ。