婚約のお披露目のお式
まあまあ長め
クレーモア子爵家の馬車が到着した。
メルヴィ嬢とご両親のお乗りになっている馬車と、兄君ご夫妻がお乗りになっている馬車と、それからメルヴィ嬢のお姉様が嫁がれた、ロイマランタ子爵家のご夫妻のお乗りになった馬車の都合三台がいらっしゃった。
先触れをいただいていたので、自分と両親、兄夫婦、姉夫婦、それから手の空いている使用人たちで皆様をお迎えする。
「ようこそおいでくださいました」
「本日はよろしくお願いいたします」
まず馬車から降りていらっしゃったのはクレーモア子爵。それから、クレーモア子爵夫人。お二人を両親が出迎えられ、玄関口へと案内する。
クレーモア子爵ご夫妻が馬車から降りられたので、今度は自分がメルヴィ嬢をエスコートするためにお声がけをする。上ずった声でお返事があり、自分の手にすがるようにして馬車を下りられた。
「緊張しておられますね」
「勿論ですとも……! 特に先日、あのようなことがあったばかりですから」
クラミ子爵閣下からの物言いの件であろう。まあ、我が家としてはクレーモア子爵家ではなくてクラミ子爵家に対して憤ったので、あなたはお気になさるな、といっても渦中の人物であったのだから気にはなろう。
これはもしかしなくても、色々な方々から贈り物が届いていると聞いたらさらに気を使いそうである。お伝えするのは、お披露目式が終わってからの方がよさそうだ。まあとても気にはされるだろうけれど、それはもう、諦めていただいて。
「久しいな、ヤルマリ」
「ああ、久しいな」
次の馬車から降りられたのは、メルヴィ嬢の兄上ご夫妻だ。ヤルマリとは姉の夫であるキュラコスキ伯爵令息のお名前である。こっそりと、メルヴィ嬢にそれをお教えした。自分達が彼らをそう呼ぶ日は来ないだろうからまあ覚えなくてもよろしいとも思うが、今のように誰かが彼をそう呼ぶ場に居合わせるかもしれないから、覚えていて損はあるまい。
その次の馬車に乗っておいでだったのは、メルヴィ嬢の姉上だ。ロイマランタ子爵令息ご夫妻。こちらは、兄と同輩であったという。世間は狭いものである。
メルヴィ嬢をエスコートして、婚約のお披露目式の会場となる応接室へと向かう。この屋敷に来るのが初めてであるメルヴィ嬢は、物珍し気に屋内を見ている。
「パーヴァリ様がお育ちになったお屋敷も、広いのですね」
「そうですね。ルミヤルヴィ侯爵家ですとか、キースキ伯爵家と比べると狭いですが」
「そちらとお比べになるのは、およしになった方がよろしいのじゃないかしら」
「大体皆あちらと比べますよ。ちなみにルミヤルヴィ侯爵家の方は城と比べると狭い、と仰いますね」
「それはそうでしょうけれど」
己の住まう屋敷が広い、という言い回しは好まれない。なのでどちらも、あそこよりは狭いのだ、と答える。
ちなみに殿下は「王城も広いと皆言うけれどね、そのほとんどは執政部であるし、何なら隣の大国に比べると離宮以下なんだよ、広さ」と以前仰っておいでであった。驚いたのでよく覚えている。
「ルミヤルヴィ侯爵家ほど広くはありませんが、結婚後はこちらの屋敷の管理を頼まれる可能性もありますから、覚えて下さいね」
「そうなんですの?!」
「城に仕えるのであれば、その方がよろしいだろうと、先日父と兄が話しておりまして」
なんて他愛もない、自分にとっては他愛もないが、メルヴィ嬢にとっては今後の人生設計において重要な雑談をしながら、応接室へと到着する。
「今日は、あなたと私を祝福する会ですから。とりあえず、一旦すべてを忘れて笑ってください」
「そういたしますわ。お母様にも、お父様にも、お兄様にも、お姉様にも嫌われないようにいたしませんと」
多分大丈夫であろう、とは思うが、自分がそう言ったところで彼女の気が軽くなるかどうかは測りかねるので、ほほ笑みを向けるにとどめる。
母と兄の奥方に関して言えば、メルヴィ嬢を歓迎してくれているのだろう。それは、二人の指示で飾り付けられた応接間を見ればわかる。我が家の庭で育てられている花々が花瓶に生けられ、邪魔にならないように、それでいて応接室をいつもよりも華やかに見せている。
ローテーブルには、いつもは出てこない、誰だったか。曾祖父だかその前だかが好んで集めていたという豪華な茶器。そのおかげで我が家には色々とあるため、もう買わなくて良いという気楽さがある。いきなり陛下が訪れても、お出しできる茶器があるというのはありがたい。いらっしゃるほど親しくはないのだが。
「料理長気合入っていますね」
「誰よりもあれがお前の婚約を喜んでいるよ。この家に女主人がくれば、もうちょっと腕の振るい甲斐があると」
父がこちらを真っすぐ見て言うので、ちょっと視線をそらしてしまった。そらした先には執事がいて、力強く頷いている。なんだろう、この申し訳なさは。
「普段、どのようなお食事を……?」
「ああ、お嬢さん。違う違う。パーヴァリの分だけを作るのがつまらない、と言っているのですよ、あの人は」
「あらあなた。パーヴァリ様はいつも美味しいとしか仰らないから、つまらないとも嘆いておいででしたよ。だから私達がこちらに来るたびに、何が食べたいと聞いてくるではありませんか」
兄夫婦にまで、色々と暴露される。いやまあ、自分にはこれといって食べられないものはない、というか出ないので、口にする必要がなかっただけにすぎない。
応接室ではすでに皆着座し、くつろいでいる。自分はこの家に住んでいるし、両親、それから兄夫婦は現在こちらで暮らしているし、姉だってかつてはこの屋敷に住んでいたのだから、緊張することもない。
緊張しているのはクレーモア子爵家ご夫妻だけである。
「さてパーヴァリ。お前の見染めたお嬢さんを紹介してはくれないか」
「はい」
そっとメルヴィ嬢の手を取り、立ち上がる。
「二年前の、クリスタ王女が主催されました夜会で、キュラコスキ伯爵令息よりご紹介いただきました」
「メルヴィ・クレーモアと申します。どうぞよろしくご指導くださいませ」
本日のメルヴィ嬢の装いは、このところ連日見ていたカクテルドレス姿ではなく、白を基調としたワンピースだ。肘よりも長めのゆったりとした袖に、腰より少し高い所に入った切り替えし。袖周りと襟元、それからスカートのすそ部分に、オレンジ色で刺繍が入っている。
「こちらこそ、息子をよろしく頼むよ」
「仲良くしてあげてくださいね」
まずは両親がメルヴィ嬢に挨拶をし、次は兄夫婦が挨拶をし。それから姉夫婦が挨拶をし、メルヴィ嬢のご両親、クレーモア子爵家を継がれるメルヴィ嬢の兄夫妻、最後に、お嫁に行かれたというメルヴィ嬢のお姉様ご夫妻からご挨拶を頂いた。
「いやメラルティン伯爵家と遠戚になるとは思いませんでした」
「そうだな。自分もロイマランタ子爵家と繋がるとは思ってもいなかった」
二人は同輩であるだけで、親しくはなかったという。
伯爵家と子爵家であれば、遠戚であるとか領地が近いとかでもない限り、そうそう親しくはならない。自分とケルッコのように学院で馬が合って仲良くなる場合もあるが、ならない場合が大多数である。
ただ自分とクラミ子爵令息のように、特にいがみ合っていなかった、とも二人は続けた。
父親同士、母親同士。女性陣、男性陣と別れて和やかに話が進み。
昼になる前、丁度いい頃合いに執事がそろそろ、と父に声をかけた。
女性陣は、姉も含めてそれぞれ夜会用のカクテルドレスではなくイブニングドレスを持ってきて下さっている。普段の夜会であればカクテルドレスでよろしいのだが、今日は自分の婚約者のお披露目であるから、親族は皆礼服である。準礼装ではない。
女性陣が皆、メイドたちを引き連れて退室すると、父がふう、とため息を吐いた。
我々は皆、すでに、燕尾服を着ているから何もすることがないのである。
学院、どう考えても学年の人数が百人を下回るよな、と思っています。
優秀な子弟とか入れても、そうなりますよねえ。




