ルミヤルヴィ侯爵家からの祝福
「おいパーヴァリ」
「なんでしょう、クスター・エンホ伯爵令息」
「あのメルラ石、というものについて聞きたいのだが。君の領地の算出、で間違いないな?」
「間違いありませんよ」
「……販路をだな」
「おいクスター。一人だけずるいぞ」
他の先輩方も、あの石について問うてくるが。というかいつの間にやら名前で呼ばれている。今も昔も私個人はその辺りに関しては気にしないことにしている。呼ばわりたければ呼ばわりたいように呼ばわればいいのだ。
「権限がありませんので、即答できかねます」
「分かった。商人の紹介だけでもいい」
「うちの妻も欲しがっているのだがね、入手が難しいのだよ」
「でしょうね」
「お前ね」
「割れやすいので、加工に不向きだと聞いたことがありますよ」
先輩方は、出来ているじゃないかとメルヴィ嬢を見るが。彼女が付けているラリエットに織り込まれたメルラ石は、くず石である。皆様方が求めているサイズとは異なると思われる。
卒業後すぐに王家に仕えることになってしまったため、領地の商人に伝手など無い。必要があれば実家に連絡すればよろしかろう、と思っていた事が裏目に出た形になる。まあ、今は王都にある屋敷に戻れば両親も兄夫婦もいるから、どうとでもなるわけだが。
「何の騒ぎだったのだね?」
庭がよく見える窓辺の、奥まった場所ではあったが、それなりの人数で話していたために、ルミヤルヴィ侯爵閣下にまで喧騒が届いてしまったらしい。ご挨拶を、と一歩前に出ようとするのを、ルミヤルヴィ侯爵令息とエンホ伯爵令息と。まあ先輩方に止められる。よろしいのだろうか。
「こちらのお嬢さんがね、お前。クラミのところの息子に、婚約のお披露目のお式もせずに、しかもお茶会で紹介されただけで、婚約者扱いされていたそうなのよ」
「お可哀想にね」
我々よりも先に、メルヴィ嬢を囲んでおられた女性陣の、年嵩のご婦人がルミヤルヴィ侯爵閣下に説明してくださった。エンホ伯爵令息夫人などはそっと侯爵閣下に礼をなさったが、その方は会釈すらされない。ご親族の方なのだろう。
ご婦人が侯爵閣下にお伝えした内容は、正確にはちょっと違うのだが、そういうことになったようである。丁寧に否定するべき相手は、まあ、選んだ方が良いであろう。殿下方であるとか。
「なんという」
「それでね、正式なお相手である、ああ、あちらの」
こちらを示されてしまったので、侯爵閣下には目礼をしておく。手を振って、それに応えて下さった。
「リクハルドのお友達と本日の我が家の夜会に参加していたところ、因縁を付けられてねえ」
「そもそもお茶会で紹介されただけだったのに、お披露目のお式も贈り物もなしに婚約者扱いだなんて」
ご婦人方が口々に侯爵閣下に説明してくださる。全てお任せしてしまおう。両親が流そうとしてくれている話とはちょっと相違が出るが、まあ噂話とはそんなものである。
「ご親族の方ですか?」
「おばあ様だよ」
そっとルミヤルヴィ先輩に問えば、そうと答えられる。
駄目ではなかろうか、それは。クラミ子爵家として、一番聞かれてはならない相手であると思われるのだが、どうなのだろう。
「リクハルド」
「はい、父上」
「こちらに来て、ああいや私がそちらに行こう。説明を」
「学院の二学年下の後輩のパーヴァリ・メラルティン伯爵令息と、そちらのお嬢さんが婚約されるということだったんですがね。お嬢さんはこの夏、クラミ子爵令息を紹介されてもいたようで」
「まあ、よくあることだろう」
「クラミ子爵がクレーモア子爵家ではなくメラルティン伯爵家に抗議状を送付し、あまつさえ我が家の夜会でメラルティンに挨拶をしたいというのに、紹介を拒みまして」
「紹介を拒んだ?」
軽く眉を上げて、ルミヤルヴィ侯爵閣下がこちらに視線をよこす。並ばれると、本当によく似た親子である。侯爵閣下の方が年嵩の分、声がさらに幾分か低いか。
「不要だと言われては、こちらとしては紹介も出来ず」
「面識は」
「ご子息の方とは学院の同輩でしたのでありますが、子爵閣下とお会いしたのは初めてだと思われます」
侯爵閣下と話をしてもいいものかと少し悩んだが、先ほどのあれこれが紹介であるとみなし、こちらに意見を求められたようなのでお答えした。民に話を聞く際、一々名など問わないから、それと同じでよろしかろう。夜会を騒がせたのは、こちらであるのだし。
侯爵閣下は、はあとため息を吐いて、片手で額をおおわれた。お気持ちは察するしかできないが、ため息を吐きたくもなるだろう。
「まずは婚約おめでとう。君が素敵な花園の主となれるよう祈ろう」
「ありがとうございます」
「次に、難しいかもしれないが、今日の夜会は楽しんで行ってくれ」
「はい」
楽しくない、というよりも、商談になりそうな気配をひしひしと感じているのである。主に背後にいらっしゃる、先輩方からの。
「後は私の方から御父上とお話させていただこう。派閥の者が無礼を働いたこと、お詫びさせていただく」
「お心遣い感謝いたします。リクハルド様も、休憩室の手配などをして下さっていたのですが」
ルミヤルヴィ先輩の落ち度でないことは、被害者である自分の方から明言しなければいけない。大体親というものは、息子に厳しいのである。現に、ルミヤルヴィ侯爵閣下は、先輩に対してお前にしてはやるじゃないかといわんばかりの笑みをほんの瞬きの間むけられた。
「それでは、私はこれで失礼するよ。良い夜を」
「良い出会いを」
いつの間にか横にいた使用人から渡されたグラスを、閣下が手にされていたグラスと触れ合わせる。乾杯をして、閣下は立ち去られた。
その閣下の側に、そっと寄り添う使用人の人影があり、その方はまたそっと離れていかれた。後はお任せしてしまおう。若輩者に出来ることなど、たかが知れているのだから。
ルミヤルヴィ侯爵は祝福するしかないよね。