それはルミヤルヴィ侯爵家の夜会で
長め。
迎えに出てくれたルミヤルヴィ侯爵家の使用人に招待状を渡し、中へと案内される。子爵家や男爵家の夜会の場合、ご家族がホールで出迎えてくれたりもする。先日のクレーモア子爵家での夜会がそうだ。
転じて、伯爵家以上の家での夜会になると、ホスト家の皆さまがお出ましになられるのは、客人が概ね到着した後になる。誕生会であるとか何かしら発表などがある場合は、何時までに来るように、等と指定もある。そうでなければ、まあ、よろしい時間に皆様お出ましになるのだ。
「パーヴァリ」
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
思わず、ため息が出てしまう。
使用人に案内された、パーティ用の別館内。入ってすぐに、ダンスホールになっている。高い天井には大振りのシャンデリアが、一つ、二つ、三つ。その他に、小ぶりなシャンデリアも見て取れる。壁も柱も丁寧に装飾されている。美しく手入れされた中庭が見れる窓際にはルミヤルヴィ侯爵令息が、そして他の皆様方もお揃いであった。少し、お早く時間を頂けないか、とご連絡を差し上げていたのだ。
ため息をこぼす自分を、皆様が気遣って下さる。ありがたい事である。そんな自分の隣で、メルヴィ嬢も淑女の礼を取られた。
「こちらは、自分の婚約者となられます、メルヴィ・クレーモア子爵令嬢です」
「ご紹介にあずかりました、メルヴィ・クレーモアです。お見知りおきを」
さ、と手を振って、ルミヤルヴィ先輩が他の先輩方の挨拶を遮られる。それは後回し、である。
「なにがあった」
「昨日、キースキ伯爵家の夜会から帰宅しましたところ、父宛にクラミ子爵家よりこの婚約に物言いがつきました。曰く、メルヴィ嬢はクラミ子爵令息の婚約者である、と」
「婚約者、と来たか」
「クレーモア子爵に確認したところ、クレーモア子爵家にそのような手紙は来ておらず、また、婚約のお披露目式は、行われておりません」
小声の早口で告げる。出来れば事が事だけに、別室を案内して欲しいものではあるのだが。
「うちの係累が迷惑をかけたようだ。君、休憩室を用意しておいてくれ」
「かしこまりました」
グラスを乗せた盆を持った使用人がちょうど自分達にサーブしようと寄ってきたので、ルミヤルヴィ先輩がそう指示を出す。まあ、今日何事もなければ、それでよいのだけれど。
使用人から、他の先輩方が盆ごとグラスを受取っている。それはそれでどうなんだと思わなくはないが、まあ、勝手知ったるルミヤルヴィ侯爵家、なのだろう。
「さて悩ましいところだな」
「特に何もなければまあ、このままで。いくらなんでも、ルミヤルヴィ侯爵家の夜会で喧嘩は売って来ないでしょう」
「そうは思っていないから、連絡をよこしたのだろうに」
顔だけはにこやかに密談をする自分とルミヤルヴィ侯爵令息を横目に、他の参加されている先輩方と、メルヴィ嬢は使用人の方から預かったグラスを傾けていた。名乗りあいをしている声は聞こえたから、まあ、よろしかろう。
「まあ、クレーモア子爵家ではなく、メラルティン伯爵家に物言いをされた方ですからね」
基本的に、婚約などは家と家の話である。クラミ子爵家とクレーモア子爵家で話し合えばよろしいところ、一足飛びにメラルティン伯爵家へと連絡をよこしたのである。子爵家が、伯爵家に。
そういう、常識的ではない対応をされる方であると知れた以上、警戒もするものである。
「これはこれは、よく顔を出せたものですな」
ルミヤルヴィ侯爵令息へと謝罪と現状の報告を行っていたところ、ねっとりとした、男性の声がこちらに投げかけられる。視線だけでそちらを見れば、クラミ子爵令息を後ろに従えた男性が、玄関口からまっすぐ、人ごみを潜り抜けるようにして割と奥まった一角であるこちらへと歩み寄ってきていた。顔立ちもよく似ているし、父親であろうか。
「ほう。私が実家の夜会に顔を出すのが、それほどに悪いか?」
私はその御仁を紹介されたことがないため、対話の相手ではない。それを見て取ったルミヤルヴィ先輩が受ける。
「いやいやいやいや。リクハルド様ではありませんよ。そちらの。盗人の方です」
あからさまに私を見ての発言であるから、これは紹介されていないが、会話に入っても不自然ではなかろう。ルミヤルヴィ先輩の方をちらりと見れば、頷かれたので、口を開くこととする。
「リクハルド先輩、いくら私の婚約話が気になったからといって、他の方に渡す予定の招待状を回されても、ほら、あちら様も困っておいでですよ」
「おや? やっぱり私が悪い流れか?」
文句を言おうとするルミヤルヴィ先輩と、それから恐らくクラミ子爵から視線を外し、メルヴィ嬢とお酒を楽しんでおられた先輩方へと視線を向ける。
「いや、自分は毎年呼ばれているから、違うな」
「ああ、自分はメラルティンを呼ぶと聞いたから呼んで貰ったな。子爵、どなたか呼ばれるご予定だったのか。それであれば悪い事をした」
「自分もだ。すまない事をしたね」
メルヴィ嬢はただにっこりと微笑まれた。彼女は呼ばれていない。 私宛の招待状に力強く連れてくるようにと記されていただけにすぎないからだ。
「いやそうではなく」
「ではどういうことなのだね?」
先だってお茶会に呼びつけて下さったエンホ伯爵令息が、何でいらっしゃるんだという私の視線を軽くいなしつつクラミ子爵へと問いかける。
「お部屋の準備が、整いましたが」
「ありがとう。休憩室の準備を頼んでおいたのだが、そちらへ移動なされるかね?」
場の空気を呼んだのか読まなかったのか、先ほどの使用人がルミヤルヴィ先輩へとそっとお声がけをなさった。それから、皆々様からお盆と、飲み終わったグラスを受取って、去っていく。
「いいえ、ここで結構」
特に曲がってもいなかったタキシードの襟を直して、クラミ子爵がこちらを睨みつける。ここで? 話し合いをされるおつもりなのか?
諍いごとの気配を察したらしいご婦人方が、わくわくした表情を隠しもなさらずにじわじわと寄ってくる。おまえやめなさいよ、と、ご主人に咎められるのもお構いなしで寄ってくる向きまである始末だ。まあ、我々若い世代に、親世代が何か言っているのだからそりゃ面白がられもするだろう。
「そちらの。ああ失礼、名を存じ上げないのだが、息子の婚約者を取った男にご挨拶をと思ってね?」
言うのか。それを。この場で。ああほら、あなたの後ろにいらっしゃるご婦人が、ついにグラスをご主人に押し付けてしまったではないか。
さてどうしたものかな、と、少し考える。
「リクハルド様、あの方をご紹介いただいても?」
「いやいや、不要だよ、君」
「左様ですか。ではリクハルド様、これは、どのようなおつもりであらせられる?」
「そうなるよな」
「なりますね」
ここはルミヤルヴィ侯爵家主催の夜会の場である。その会場で名も名乗らずに、紹介も断った上でこちらを面罵してくるなど、ルミヤルヴィ侯爵家が雇った道化師からの面罵と言っているも同じである。
そうでなければ、ご婦人方がああも面白そうだという顔をして、こちらにじわじわと寄っては来まい。この状況、上手く使えればこちらへ有利になる。大輪の花を咲かせなければなるまい。
「先だってのクレーモア子爵家での夜会で、さも祝福するかのようなことを言っておきながら、どういうおつもりであらせられるのか」
「私個人としては、勿論祝福しているとも」
実の所そこは疑っていない。私の顔にもルミヤルヴィ侯爵令息の顔にも面倒なことになったな、と書いてある。双方ともに、笑顔ではあるのだが。
今回割と笑える誤字がありました。
気が付いてるってことは多分直してあるってことです。多分。復活してたらどうしてくれよう。
カクテルドレスがックテルドレスになってました。
なんて??ってきもちになりました。




