季節の食事を夜会で
長い
カクテルコーナーでショートカクテルを貰い、それからダンスの前に腹ごしらえをするために、軽食コーナーへと移動する。移動の間にカクテルは飲み終わり、丁度そこにやってきた侍従がグラスを回収していった。
さて何を食べるか、と二人で悩む。夜会では、夜会でしか食べられないもの、というものがあるのだ。レシピを公開していないというのもあるし、公開していて自宅でも食べることは可能ではあるのだが、それはそれとしてその家の夜会で食べたいもの、というものもあるのだ。菓子に多い気がするが。
「お悩みでしたら、ホイッカはいかがですか。今日のために、子供たちが獲りに行きました」
「ああ、それにしましょう」
薄いクレープで、ザリガニの一種であるホイッカのほぐし身を包んだものが供される。夏のごちそうではあるが、でかいものは成人男性の指の先から肘ほどまであるので、騎士見習いといった、それなりに戦うすべを持つものでないと獲りに行くのは難しい。しかしてここはキースキ伯爵家であるから、捕獲に向かう手には困っていない、というわけだ。
「踊りますか?」
「喜んで」
美味しい季節のものを食べたので、腹ごなしに踊ることにする。壁際で食べている間に、何人かのキースキ伯爵家の方が声をかけてきてくださったので、それにお応えした。皆様ホイッカ獲りには一家言あるようで、楽しくお話が出来た。我が家もクレーモア子爵家も、武門の家柄ではないのだ。
ホイッカに合う酒、というものも紹介していただけた。酒精の強い辛口の酒か、それを炭酸で割って、レモンのような柑橘類で味を整えたものか。和やかにどちらがうまいのかと戦っておられた。
ちなみに私の感想としては、どちらも合う、であった。メルヴィ嬢は辛口のお酒の方を好まれた。パーティの楽しいところである。
「パーヴァリ様は、夜会がお嫌いではありませんのね」
「かなりの割合で仕事ではありますが、嫌いでしたら請け負いませんね」
ダンスパーティのダンスには、種類がある。ステップがちゃんと決まっているものと、決まっていないもの。ゆったりとした音楽と、とても素早いもの。今はゆったりとしていて、それでステップが決まっているものだ。話しながら踊るのに、向いていると言えるだろう。ダンスは貴族家の者にとって、必須教養である。
夜会というのは社交の場であり、名も顔も知らぬ方と話をし、名と顔を一致させる場である。別に、今すぐそれがどのようにか役に立つ訳ではない。ただ、いつか。どこかで。一緒にホイッカを食べたから、そういう理由だけで話がスムーズに進むこともあるのである。
そうなるために自分たちは積極的に夜会に顔を出すし、積極的に人々と交流をするし、たまには壁の花になるのである。
「夜会はお嫌いですか」
「子爵家の娘ですから、あまり参加したことがありませんの」
「苦痛に感じてはいませんか?」
「今日は、楽しかったです」
「それはよかった。こういう日々が、続きますので」
自分は仕事柄、社交の季節はどこかの夜会やお茶会に顔を出す必要がある。だから、そうなった時、メルヴィ嬢には参加していただく必要がある。
その割に、王宮での夜会の場合は、エスコートが出来ない可能性があるというのだから、酷い話ではあろう。何なら、自分はあっちの夜会に行くから、君はこっちのお茶会に、みたいな事もあると聞いている。
「明日は、ちょっと、自信がないのですけれど」
「ああ、侯爵家の夜会ですからね。準礼装と書いてありましたから、今日と変わらぬ姿で大丈夫ですよ」
着まわす、という意味ではない。カクテルドレスにラリエットなどの宝飾品、という意味である。我が家での婚約のお披露目式であるお茶会と、その後の我が家主催の夜会も同様である。
それからメルヴィ嬢とは都合三曲踊り、壁際に戻ったところでキースキ卿が寄ってきた。ご令嬢を一人連れている。ドレス姿ではなく、騎士服姿である。
「メラルティン、今いいか?」
「構いません」
キースキ卿の後ろで騎士が礼をしたので、自分の横でメルヴィ嬢も礼をする。自分とキースキ卿はしない。
紹介されたのは、キースキ卿のはとこの女性だという。彼女はこの度キーア様の護衛に内定した、との事だった。自分との顔合わせ、それから、自分と結婚するのであればいつか王宮でメルヴィ嬢が彼女と顔を合わせるかもしれないから、と紹介してくれたとの事だった。
騎士姿のキースキ卿のはとこが、メルヴィ嬢をダンスに誘った。折角なのでお受けしたら、と勧めたところ、二人は踊りに行った。女性同士で踊ることなどめったにないから、いい話題になるだろう。
その間に、先輩方がぽつりぽつりと来て、挨拶をしていかれる。まあ、そのためのあの女性のご紹介なのであろう。
子爵令嬢であるメルヴィ嬢が急に夜会に呼ばれて苦労している、と伝えておいたので、まあまあ何かしらを皆々様はご送付くださるだろう。申し訳ないと繰り返しておられたし。
皆様その気になれば、自分よりもよほど気を回せるお方なのである。まあ、気を回しすぎてお節介になってしまった結果、という訳である。悪い人達ではないのは重々承知している。
まあ自分が刺すまでもなくキースキ卿が釘を刺して下さったので、自分は謝罪を鷹揚に受入れればよいだけとなったのは、とてもありがたい。
メルヴィ嬢がダンスを一曲踊り終わって戻ってきたところで、キースキ卿と、それから皆様とともに外へと移動する。最初にお話をしたところだ。さて、何か話でもあるのだろうか。
「皆がメルヴィ嬢にも謝罪したいと言っていてね」
「まあ、そんな。お気に病まれないでくださいませ」
「おい聞いたか、お前たち」
「心優しいご令嬢のようで、ありがたく思います」
「我らよりはお分かりかと思いますが、メラルティンはご覧の有様ですから」
「家同士の婚約であると、どうにも誤解されるのではないかと気が気ではなくて」
「いいえ、いいえ。パーヴァリ様は初めてお会いした時から、ずっと気を遣ってくれていますわ」
皆々様がメルヴィ嬢と少し距離を開けて、取り囲む。キースキ卿がいらっしゃるから、まあ、滅多な事はなさるまい。いらっしゃらなくても、大人であるから、滅多な事はなさらないとは思うのだが。しかし自分の評判はよろしくないような気がするな。
建物の中はダンスをするものたちの熱気で暑かったが、外は夜風がひんやりとしている。体を冷やしてしまいそうだ。そろそろ、お暇した方がいいかもしれない。最低限の仕事は、こなせたようにも思う。
先輩方にはご挨拶も出来たし、キースキ家の皆さまにもご挨拶が出来た。夜会に参加されている方々とも、少しお話もした。明日もあることだし、そろそろ。
「メラルティンはな、本人がそつなく何でもできてしまうから、出来ぬ者の気持ちが分からないからなぁ」
「それはそう、と言われればその通りではあるのだが」
「出来ぬからと、見下すような男ではないから、まあ分かっていればいいんだが」
先輩方とメルヴィ嬢はどうやら、自分の話で盛り上がっているらしい。それほど皆様方とは親しくはなかったが、とはいえ長らくを同じ学院で過ごしてきたのである。それなりに分かっている相手である。
「あれをよろしく頼むよ」
「悪い男ではないのだ。ちゃんと連絡は取れるし」
「今回のように、どこに参加するかなどの連絡もよこすし、我が家の夜会には参加できないからと、謝罪のカードを送ってきたからな」
何故先輩方にメルヴィ嬢がよろしく頼まれなければならないのか。ならないのか、と思うが、まあ、そういう気分なのだろうと納得をする。
結局皆さま、お節介なのである。
昔近所にレッドロブスターができて、行ったことがあります。
美味しかったです。
あれでかいのでかいよね。