まずはクレーモア子爵家の夜会で、お披露目を
夜会には、いくつかスタイルがある。誰かの誕生日であるとか、王宮で催されるレセプションであるとか。フォーマルではない晩餐会のスタイルの時もあるし、カクテルパーティの時もある。
今日は、友人諸氏を招いたカクテルパーティであるという。だからそこで、カーパ酒を振る舞う訳だ。
開催が子爵家であるので、子爵家の皆様で玄関口にてお出迎えをなさる。その場に自分がいるのは不自然ではないかと一旦辞退したが、メルヴィ嬢が目に見えて膨れたので、同席させていただくことにした。
「可愛いお顔が台無しですよ」
「なら機嫌を治しますわ」
そう言えと、そっと囁いてくださったメルヴィ嬢の兄上に感謝である。メルヴィ嬢から見えないように会釈を返しておいた。
「っこ、これはようこそおいでくださいました」
「やあお邪魔するよ」
ご親戚の方々に、メルヴィ嬢のご両親や兄上ご夫妻のご友人の皆様方、メルヴィ嬢のご友人方と、クレーモア子爵家の皆様方にとって気心の知れた方ばかりであった。その方々に、娘のメルヴィの婚約者に、と紹介されご挨拶をしていく。
「やあ! パーヴァリ! ケッロサルミの音楽会以来か!」
それまで和やかにご挨拶されていたクレーモア子爵閣下の声が裏返ったのでどうしたのかとそちらに視線をやれば、ルミヤルヴィ侯爵令息のお出ましであった。
これまで特に、自分を名前で呼んでなどいなかったのに、さも仲良しであると言わんばかりの呼び方であった。しかもケッロサルミ家の音楽会の話題まで持ち出してくる。あれは本日のカクテルパーティよりも各式は上であり、さらにケッロサルミ家に誼のある家の者しか呼ばれないことで有名なのである。ちなみに自分は殿下の代わりに参加したのだが、ここにいる皆々様にとって、そんなことは分からない。
「リクハルド様。わざわざいらっしゃらなくても、明後日のそちらの夜会でお会いするでしょうに」
「まあ、そうなのだけれどね」
ことさらに親しさについて強調されているようなので、こちらもあちらの侯爵家が主催の夜会に招待されていることをちらつかせておく。後はあちらも名前でこちらを呼んだから、こちらも名前で呼び返しておく。自分にだけ見えるように、おやとばかりに眉を上げられた。あなたに合わせただけですよ。
誰に対してこのような会話をしているか、って、先輩と一緒にらっしゃった、クラミ子爵家のご令息にだ。
ちなみにクラミ子爵令息はさほど理解していないようであったが、クレーモア子爵にはご理解いただけた。驚いた顔でこちらを見ていらっしゃる。貴族家の当主が早々感情を表に出さないでいただきたい。
「なんとも珍しい事をなさる」
「はは、驚いたろう」
「明後日伺わなくてもよろしいですか?」
「そこは来てくれ」
他の者には聞こえぬ声音で話し込む自分たちを、遠巻きに見つめる視線を感じる。申し訳ない。通常、よほど親しくなければ子爵家の内輪の夜会に侯爵令息はやって来ないものだ。婚約者も供も連れずに、とは、とりわけ珍しい。いや供はいるか。クラミ子爵令息という供が。先ほどから私を睨みつけているが。
「閣下、驚かせてしまい申し訳ありません」
「ああいや、とても驚きましたけれど、メラルティン卿の、いや、パーヴァリ君のお知り合いなのかね」
「学院時代の先輩です。人を驚かせて遊ぶのが、とても好きな御仁で」
「よく分かっているじゃないか」
「明後日のルミヤルヴィ侯爵家の夜会に呼ばれておりましたので、油断しました。申し訳ありません」
ことさらにけらけらと笑うルミヤルヴィ侯爵令息である。その視線が、ほんのわずかに、メルヴィ嬢に向く。ああはいはい、ご挨拶ですね。
「ご挨拶が遅れました。彼女が、私の婚約者になります」
「ご挨拶させていただきます。メルヴィ・クレーモアと申します」
「ご丁寧にありがとう。リクハルド・ルミヤルヴィだ」
そうして我々の方を向いたまま指先で、従者を呼ぶかのようにクラミ子爵令息を呼ばわる。銀の髪に、水色の瞳。王子殿下と対を成すかのような冷たい印象の美貌を持っているルミヤルヴィ侯爵令息であるが、中身と合っていない。もっとも、今のような仕草をされると、とても似合うのだが。
「お呼びですか」
「挨拶を」
玄関口に、気まずさが溢れる。それはそうだろう。分かっていて楽しいのは、その中心に座しているルミヤルヴィ先輩ぐらいなものである。
「ようこそおいでくださいました、クラミ子爵令息。こちらは、私の婚約者となられました」
「学院以来ですね。ご壮健のようで何よりです。パーヴァリ・メラルティンです」
「本日はどうぞ楽しんでいかれてください」
「ああ」
短く吐息を頑張って吐き出して、クラミ子爵令息はルミヤルヴィ先輩とともに会場内に足を踏み入れた。通常、夜会に招待された側が招待した側に名乗ることはそうそうない。把握しているからだ。しかし伯爵令息の自分の名乗りに対して返礼をしていない、というのは、ご自身の評判を落とすと思うのだが、よろしいのか。まあ、派閥も違うし、どうでもよろしいか。
きっとルミヤルヴィ先輩が指導してくださるであろうし。
「いや私も想定外でした。本当ですよ」
メルヴィ嬢のご家族の視線が痛い。いや、お気持ちは察するが、ルミヤルヴィ侯爵令息が同道されていなければ、ここでひと悶着あったであろうな、という顔でクラミ子爵令息に睨まれていた。なぜ彼にいつも絡まれるのかは、分からぬのだが。
いや、昔聞いたことがあるが、自分にとっては不可抗力なのである。彼よりも成績が良かったのも、彼ではなく自分が殿下の側近に選ばれたのも。本当に、全部、彼から奪ったわけではないのだ。
それからは、つつがなく。急に予定もしていなかった侯爵令息や伯爵令息の飛び入りということも流石にあれ以外はなく、クレーモア子爵家の皆様方と懇意にされている、という方々への挨拶に終始できた。
その後は、招待客が皆様揃われたところで、我々もホールへと入る。中央から三分の二ほどはダンスホールとなっていて、楽団が音楽を奏でている。残り三分の一ほどには、軽食と、それからカクテル類が並んでいた。
「あそこには、カーパ酒は出していませんの」
「おや、そうなのですか?」
「ええ。これから侍従たちが乾杯のカクテルを配りますでしょう。それが、カーパ酒になります」
強いお酒を望まれる紳士には喜ばれないとは思いますけれど、私の婚約の発表の場でもありますから、今回だけは飲み込んでいただきたいの。と、メルヴィ嬢は楽しそうで、嬉しそうだ。
ルミヤルヴィ侯爵令息の周りには人だかりが出来ていた。そこにいるのはうら若いご令嬢ではなく、年嵩の紳士たちである。確か先輩には婚約者がいらっしゃっただかご結婚成されていただかで、もうその席は埋まっていたのだろうか。よく覚えていない。
それほど、親しい訳ではないのだ。