君を、婚約者にする日は
ちょっと長いかな?
「婚約の、お披露目のお式の日程なのだけれどね」
「しばらく、お待ちいただけますでしょうか」
クレーモア子爵から、婚約については何とか及第点を頂けたようだ。まあその大半は、メルヴィ嬢が勝ち取ったようなものだけれど。
少し、クレーモア子爵がむっとした顔をされる。お気持ちは察することが出来るが、こればかりは。
「今夏、クラウス殿下がご成婚あそばされます。その後、フィルップラ侯爵令息、続いて、ヒエッカランタ卿のご結婚と続くのです。今自分はそれらにも関わっております」
「ああ、それはそうか」
より正確に言うと、それらの作業をしてはいない。殿下方の結婚式に関する作業のメインはキーア様であるし、王妃様である。あちらの女性陣の手足ではないが、それをこの場で伝えるつもりはない。なぜならまだ、婚約者のご実家ではないのだから。フィルップラ侯子のご結婚式についても自分は調整作業に参加はしていないが、ヒエッカランタ卿は自分の直属の上司であるため、ヒエッカランタ卿の業務の調整作業は参加している。その一つが、色々な夜会などへの出席である。あくまで一つ、ではあるが。
「ですので、今この場での日程の調整は確約できかねます。実家の父母の予定もあるでしょうから、近日中のお返事になるかと」
「ああ、近日中ではあるのか」
「出来れば殿下方のご成婚までには、ねじ込みたいとは思っております」
殿下方からそのように圧力がかかっているのである。だから自分も、それからケルッコも割と必死になっている。夏は、短いのだ。
とりあえず今日持ち帰って家族の予定を確認し。それから殿下方の予定を確認しなければならない。参加していただく、という話ではなく、自分が出仕しなくても問題ないか、という話になってくるのだ。とりあえず決まったことは必ず連絡するとお伝えし、帰宅することとした。
「父が申し訳ありません」
「あなたが謝ることではないでしょう。御父上としては、当然のご配慮です」
娘を嫁に出すのだから、尊重されて欲しい、大事にされて欲しいと思うのは当然の感情の動きである。そのための、婚約のお披露目式なのだから、それをしばし待てと言われたら、いい気はしないだろう。自分が言いたかったのは、調整するから待ってほしい、だったわけだが。まあ、通じたので良いだろう。
「それでは、本日は失礼いたします。両親や兄を捕まえねばなりませんから」
「そうですね。明日、お待ちしております」
待たせていた馬車に乗って、今度こそ暇をこう。
さあ、忙しくなる。
帰宅したら、両親も兄もありがたい事に在宅であった。しかも今日は特に用事もないと言うから、夕食後に時間を取ってもらえる事となった。侍従伝手にそう伝えたところ、察されてしまったらしい。夕飯には父が秘蔵のワインを開けているし、母はご機嫌であるし、兄夫婦はそんな二人を微笑ましげに見つめていた。こっちを見るな。
「それじゃあ話を聞こうか」
それなりに針の筵状態であった晩餐を終え、なぜ自宅での夕食が晩餐となるほど豪華だったのかは、考えないこととする。父の指示か母の指示か、料理長が勝手にやったのか。考えてはならない。
夕食時に飲み切れなかったワインを片手に、父が問うてくる。声が弾んでいる。
「メルヴィ・クレーモア子爵令嬢との婚約が成ることになりました」
「そうか、それは喜ばしい事だ」
「明日、クレーモア子爵家での夜会にて、発表してくださるそうです」
「パーヴァリ、それはちょっと性急ではないか?」
「クラミ子爵家のご子息を、紹介されてもいたそうで」
「なるほど、それなら確かに明日の内に発表してしまいたいな」
「出来ればその時に、お披露目式についても発表してしまいたいと」
「分かります。あれはとても大切なものです」
母と、それから兄の奥方が頷いている。男である自分には分からないが、女性には大切なものなのである、ということは今理解した。
「明日から三日間、自分は夜会のお約束が入っております。お茶会の予定はありません。クレーモア子爵家、キースキ伯爵家、ルミヤルヴィ侯爵家、となります」
「ルミヤルヴィ候の夜会があるのであれば、クラミのところの息子は黙るだろうね」
「そうだな、あそこは領地が近いから。自分の派閥の主と事を構えたくはなかろう」
ルミヤルヴィ侯爵子息は、ケッロサルミ卿のご学友である。クラミ子爵子息は、自分と同輩だ。当時から何かと突っかかられたが、まあ、何というか、縁があったものだな、と思う。
父と兄の予定表を取りに戻っていた侍従が、戻ってきた。二人に手帳を差し出し。
「殿下の結婚式の前にねじ込みたいのだよね? 私は問題なさそうだ」
「私もお茶会の予定はないな。お前たちはどうだ」
「息子の婚約のお披露目のお式ですもの。いくらでもお断りできますわ」
「わたくしもお母様と同様です」
基本、婚約のお披露目式は、昼間に行う。お茶会の時間帯だ。だから女性陣の方が重なるのだが、お二人ともいつであっても構わないと言って下さった。母はまあ、母なのでよいとしても、兄の奥方には特別に頭を下げておく。母から私にも下げないよとお小言を頂戴したので、そちらにも下げておく。
別に、頭を下げるくらいは苦ではない。それで二人の機嫌がよろしくなるのであれば。ならないのであれば苦である。
「では五日後を予定しよう。問題はないな?」
「承りましてございます」
父が、最後に執事に確認を取る。我が家ではあまりお茶会を開催していないが、準備がない訳ではない。
「招待状はいかがしますか」
「殿下、フィルップラ卿、ヒエッカランタ卿の三名に出す予定です」
母の問いに、自分はそう答える。基本的に、婚約のお披露目式には身内のみを呼ぶ。我が家であれば両親、兄夫婦に、それから姉夫婦か。今回自分の婚約は、殿下からの圧力がかかっているも同然なので、そこに報告の意を込めて招待状を送付する。
勿論、お断りの返事が来るだろう。理由は色々あるだろうが、まあそんなものはよろしい。よほどのことがなければ、参加はしないものだ。
フィルップラ卿とヒエッカランタ卿に招待状を出すのは、「なのでこの日は出勤できません」という意味しかない。こちらも参加は何か理由を付けてお断りになって、言祝がれて終わりである。
けれどもまあ、もしかしたら、他の誰かがその招待状を持って参加するかもしれない。ケルッコとか。そう言えば、ケルッコはまだ婚約者が決まっていなかったから、本当に来るかもしれない。
「リューディアの所くらいかね、後は」
「ああ、メルヴィ嬢は一応、姉夫妻からの紹介ですので、お二人とも同席されるでしょう」
「よほどのことがなければ、来ないとは言わないだろうよ」
領地で何かがあった、とかでもない限り、顔だけは出すであろう。そういう、催しであるのだから。
姉夫妻には、母の方から招待状を出してくれるというのでそれに甘えることとして、自分はクレーモア子爵へと手紙をしたためる。それから、メルヴィ嬢へも。
後は翌日お渡しする予定の、当人に直に渡せなくても、執事のラッセに渡しておけば、お目通しはしていただけるだろう招待状を三通したためた。
ご機嫌なお父さんと料理長(名無しモブ)。
いいお酒はこういう時に開けるためにストックしておくものである。