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クレーモア子爵と今後のお話

長め

 エンホ伯爵家でのお茶会を終え、メルヴィ嬢をクレーモア子爵家へと送り届ける。帰りの馬車の中、メルヴィ嬢が言うには楽しい時間だったらしい。そうと聞いて、そっと胸をなでおろした。年上のお姉さま方は、優しかったらしい。それならばよろしかった。

 あの中に、交友のあるご婦人はおらず、どんな方か存じ上げない。そこに不安はあったが、お節介を焼くのが好きなあの方々の奥方なのだから、奥方もそうなのであろう。


「旦那様がお待ちでございます」


 いつものようにメルヴィ嬢をご自宅へ送り届け、玄関先で暇を請おうとしたところで、執事に呼び止められた。おそらくは、明日のクレーモア子爵家での夜会のことであろう。

 もしかしたら、連日ご息女を連れまわしていることの方かもしれないが。そちらであったら、謝罪する他に打てる手はない。


「案内をお願いします」


 驚くメルヴィ嬢とともに、玄関ほど近くの応接室へと入る。ローテーブルを挟んで置かれている複数人掛けのソファの片方に、メルヴィ嬢と並んで腰かける。寄り添いはせず、少しだけ間が空いている。

 クレーモア子爵家のメイドが紅茶をサーブし退出する頃、クレーモア子爵がお出ましになった。


「お待たせしました」

「こちらこそ、お嬢様をお送りする時間が遅くなり、申し訳ありません」

「いやいや、いやいや」


 立ち上がって子爵をお迎えし、席を勧められたのでソファに座る。子爵は少し、年の割に頭髪が寂しく、ふくよかな方だ。そして、いつも微笑みを絶やさない方であると、メルヴィ嬢から聞いている。


「さて」


 子爵はサーブされたお茶を一口飲んで、切替えた。笑顔を保ってはいるけれど、先ほどとは空気が違う。真面目な話をされるのだ、という気持ちが伝わってくる。


「明日の我が家主催の夜会で、メラルティン卿と娘の婚約を、発表させてもらうが」


 よろしいな、と続けたクレーモア子爵からの問いは、自分ではなく、隣に座るメルヴィ嬢に向けられたものだろう。


「ええ、お父様。よろしくお願いいたします」

「本当にいいんだな」

「ええ、よろしくお願いいたします」

「今ならまだ間に合うぞ?」

「娘をそんなに行き遅れにしたいんですの?!」

「いや、そうではなくてだな……?」

「失礼いたします。明日の発表は婚約であって、結婚はまだしばらく先の話となるかと思いますが」

「それは、まあ、そうだな」


 この夏の終わりに、殿下とキーア様がご成婚なさる。その後、フィルップラ侯爵子息とアハマニエミ伯爵令嬢との結婚式があって、ヒエッカランタ卿とフフタ伯爵令嬢の結婚式と続く。自分は、早くともその翌年以降になる。だからまあ、家族の時間はまだまだ取れるので、安心して欲しい。


「そこで、聞いておきたいのだがね」

「はい」

「娘のどこを見染めたのか、教えては貰えないだろうか」

「お父様?!」


 メルヴィ嬢が悲鳴を上げているが、まあ、気持ちは分かる。自分のいないところでやってほしかろう。

 どこ、どこだろうか。


「そうですね……」


 隣に座る、メルヴィ嬢に視線をやる。彼女は特段、美しくはない。派手な美しさを持つ母や姉を見慣れている身としては、そう思う。愛らしいと思うが、特別に美しくはない。だから、それは理由ではない。

 共に踊るのは楽しかったが、それは、特筆するほどのことでもないように思う。自分は舞踏会を好むほどではないから、一夜に二度ほど踊れば満足してしまう。勿論、メルヴィ嬢が望むのであれば、付き合うのは満更でもない。


 そう。

 満更でもない、のだ。


 こちらから積極的に彼女を求めるような気持ちは、申し訳ないが持ち合わせていない。彼女でなくてはいけないような、そうでなくては人生が終わってしまうような、物語になりそうな焦がれるほどの思いは抱いてはいない。


「父親としてはおそらく、ご納得いただけないかと思うのですが」

「え、そういう理由なの?!」

「こういう言い回しをされるお方なの」


 メルヴィ嬢が、助け船を出して下さる。ああ、こういうところが、とてもよろしい。


「しっくりとくる、のです。隣にいていただいて苦ではない。むしろいて欲しいと望みます」


 言葉にすると、これだけになってしまう。だからこれは、父親としては、歓迎する言葉ではないだろう。詩歌の類は、苦手なのだ。そしておそらく、得手になる日は来ないだろう。というより、少しでも迂闊に学んだら、メルヴィ嬢に心配をされそうではある。


「もう一声」


 子爵が眉を下げて、そう呟かれる。やはり、父親としてはご納得いただけなかったか。


「お父様ったら」

「そうは言うけれどね、お前。クラミ子爵家との縁談をお断りするのだから、やっぱりもうちょっと、こう」


 心中はお察しできるので、さて、どういったものかと頭をひねろう。おそらくは、同じことを違う言い回しで言えばよろしかろう。


「例えば、そうですね。ああ、メルヴィ嬢にはお伝えしましたが、彼女が他の、より良い男性とお見合をされることを、自分は苦とは思いません。それでも、私を選んで欲しいと思います」

「言ったの?! それを?!」

「はい」


 そっかあ、言ったのかあ、と子爵は驚かれていた。まあ、ケルッコが言うには、普通はいい気はしないと。余人のその感覚は確かに否定はしないが、そういうものであることもまた事実だろう。


「そしてメルヴィはそれを受け入れたのかあ」

「パーヴァリ様にしては、すごい愛の告白なのよ」


 果たしてそうだろうか。

 首をひねる自分の横で、メルヴィ嬢は笑っておられるから、まあ、そうなのだろう。彼女がそれを愛の告白と受け取って、喜んでくれるのであれば、そうなのだろう。否定する要素はないように思われる。


「他の男と見合いをしている女に、自分を選んで欲しいだなんて、そうそう言えなくてよ」

「ああ、それはそうでしょうね」


 怒って破談にする向きも多そうではある。あるが、自分にとってはそう思ったから、そう伝えたまでである。子爵家当主と比べると、分が悪い自覚はあるのだ。


「いや、まあ。君たちがいいのなら、いいのだけれども」

「私は、詩歌を参照した言葉を綴るのが、得手ではありません。それでも、私に出来る範囲で、メルヴィ嬢を大切にしたいと思います」


 おそらく恋焦がれる、という感情を自分は感じないだろう、と思う。それがどんなものかは、さて、想像しようとしてもよく分からない。けれどフィルップラ卿やヒエッカランタ卿が言うには、愛することは出来ると。巷のご令嬢方の間に流行している溺愛、というものは出来なくとても、愛を育むことは出来るのだと。

 出来るかどうかの自信などない。愛せるようになるかもわからない。けれど、エスコートするのが苦にならないことを愛だというのであれば、その感情はあるのだろう。

 であるならば。おそらく、大切にする。大切にする事が苦ではない。きっとそれが、愛する、ということなのではないかと考察する次第である。

裏ではちゃんと大人同士、親同士、家同士の話を進めておきつつ、

本人達は連日お茶会に夜会にお花にリボンにとちゃんと手を回すタイプの主人公です。


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