エンホ伯爵家のお茶会で
長い
「ようこそおいでくださいました」
広い前庭を通り抜けて、馬車が玄関近くで止まる。メルヴィ嬢をエスコートして馬車から降りて、待ち構えていた使用人に、本日の招待状を渡した。
「メラルティン卿でございますね。ご案内いたします。本日は、中庭でのお茶会となります」
「ありがとう」
私達は案内状を受取った使用人に案内され、玄関横の広場へと向かう。広場までたどり着いて分かったのだが、そこは本館と別棟を繋ぐ通路がある場所であった。別棟を右手に広場を通り抜けるとその奥にはさらに別建ての講堂があり、左側には本館に囲まれるようにして中庭があった。
「来たか、メラルティン」
「ご招待、ありがとうございます」
先輩であるエンホ伯爵子息が自分に軽く手を振る。今日の集まりは、ほとんどが紳士である。その連れの、淑女も見受けられる。
後はまあ、先日の音楽会で会った顔ばかりだ。ケッロサルミ卿までいらっしゃる。
「それで」
「せめてお茶の一つも振る舞って下さいよ」
「そうよ、あなた。さあ、どうぞこちらへ」
おそらくはエンホ伯爵子息の奥方だろうご婦人が、私達を中庭へと誘い入れてくれる。
「彼女は、現在求婚中のメルヴィ・クレーモア子爵令嬢です」
「メルヴィ・クレーモアと申します。お見知りおきくださいませ」
誘い入れて下さったので、入る前にご挨拶だ。まだ婚約者ではない、と先輩方に釘を刺すのも忘れない。刺さったかどうかは、自分には分からないが。
ご婦人方に呼ばれて、メルヴィ嬢は奥にある女性陣が集まるテーブルへ、自分は手前の、諸先輩方の集まるテーブルへと混ざる。
「まだ婚約者でもなかったご令嬢を音楽会に連れてきたのか!」
「ええ。自分しか手隙がいなかったものですから」
それならばしょうがないと、先輩方が頷く。あれは、王城に仕える自分宛てに来たのではない。王城に届いた招待状なのである。どうやら事前に、その旨はケッロサルミ卿がお話されていたようだ。
「しかし子爵令嬢では大変だろう。来年からは、お前が贈ればよいだろうが」
「なにがでしょう」
「ドレスに宝飾品類だよ。殿下が呼ばれた夜会などに顔を出すだろ?」
「ああ、そういう問題もあるのですね」
「お前ね」
「いやまあ、メラルティンのところは伯爵家だから、そこまで気が回らなかったとしても仕方あるまいよ」
淹れていただいたお茶を口に含んで、ちらりとメルヴィ嬢の方を見る。そう言えばいつも、黄色かオレンジのドレスを着ている。似合っている、と思ったから、いや正確には似合っていないと思わなかったから、これといって気にも留めてこなかった。けれどそうか。男と違って女性はその辺りも気にせねばならないのか。
「いいか。婚約者にドレスを贈るのは男の甲斐性だからな。そこはちゃんとしろよ」
「ためになります」
そもそも城に出仕している自分にとって、給金は生活する資金であるだけだ。現状実家にまだ居ていいと言われているので、給金は溜まっていくのみである。将来結婚することを考えると、その金は取っておいた方がいいと、父が言っていたことが分かる気がする。
本日のお茶会に招待してくださったカレルヴォ・エンホ伯爵子息が少し前のめりになる。エンホ卿はお茶を一口飲んで唇を湿らせると、良いか、と話し出した。
「まず婚約が成ったら、実家にいるうちにクレーモア子爵令嬢を家に呼んで、メラルティン伯爵家が懇意にしている商人を呼べ。布と宝飾品両方だ」
「そういえばメラルティン、実家には、一人なのか?」
「そうですね。両親と兄夫妻は、基本は領地にいます」
今は社交の季節だから皆王都のタウンハウスにいるが、普段は自分が屋敷の管理を兼ねて寝起きさせて貰っている。今後についても、兄は使ってよいと言ってくれているが、どうなることだろう。まあ、話し合えばよかろう。ケッロサルミ卿にそう答えると、エンホ卿を含めた先輩方がうーんと唸る。
「まあ、ご両親がいらっしゃる時に呼べばよかろう。いいか。布と石は腐らんから、良い伝手があるうちに良いものを買っておけ。それから、お母上が懇意にしているメゾンがあるだろうから、デザイナーを紹介して貰え。伝統的なデザインで、夜会用のドレスと外出着をいくつか仕立てておけば問題はない」
「あとはその年流行の型を、その年に一着二着仕立てれば、まあ回るだろう」
エンホ卿の言葉を引き継いだのは、お茶会のお誘いを下さったけれど、お断りをした先輩のお一人だ。リュースキ伯爵子息であり、いずれリュースキ伯爵を継がれるお方だ。
お二人とも既婚者だからだろう、ご結婚されていないケッロサルミ卿もふんふんと頷いている。
「ためになります。ありがとうございました」
「それはよかった。なに、キュオスティを見習って見ただけだ」
「そうだな。お節介を焼くついでに、こちらも見返りを求めている」
エンホ卿もリュースキ卿も悪い顔で笑っておられるが、ケッロサルミ卿はお一人、首をひねっておいでだ。自分もそ知らぬふりをして、首をひねっておく。
「メラルティン卿は今、殿下にお仕えしているだろう? 我々が爵位を継ぐころには、陛下にお仕えになっているはずだ」
「そうですね、兄に何もなければ」
「怖い話をするな」
「まあ、何もなく陛下にお仕えになっていれば、何かあった時にこうしてカード一枚で呼びつけて、相談に乗って貰える、というわけだよ」
「これがありがたい話なんだ」
「ああ、こちらもそれを狙って社交をしておりますから、どうぞ呼びつけて下さい」
ほっとした空気が、領を継がれる先輩方の間に流れる。そうでもなければ、殿下方の代わりにお茶会や夜会に顔を出したりはしない。
「なんか、って、例えばどのようなことだ」
ケッロサルミ卿は、楽師である。従って、そういった話には疎くても問題はない。授業で習っただろうなどと他の先輩方から言われているが、おそらくその時間、ケッロサルミ卿は音楽の授業を取っていたのではないかと思う。
「例えば、そうですね。複数の領にまたがる街道の整備をしたいが、どこが音頭を取っても角が立ちそうなので、王家の方で主催して欲しい、といった事でしょうか」
「そういえば先日あったな」
「あれはうまくやった方ではあるな」
「恐縮です。自分の手柄ではありませんが、そういうことです。後はその、完成式典に陛下か殿下に参加して欲しい、というお話ですね」
「そういうのも持ち込んでいいのか!」
子供の文字で書かれた嘆願書の束を持ち込まれるよりは、呼び出されて酒でも飲みながら拝まれた方がましである、というのが陛下にお仕えの皆々様から伺った話であるが、その辺りについては濁しておく。どちらがましか、というのは、その時の担当者の気分次第であろう。親しさも関係してきそうだ。
社交とはつまり、そういうことだ。
顔を合わせて、親しい間柄であれば酒のグラスを片手に膝を突き合わせて相談をし、もしくは相談するための下地を作っておくためのものだ。親しくなくても、そっと匂わせて置いたりもする。
そういう訳で、既婚の先輩方からは有用な情報を頂けたし、後々家を継がれる先輩方とも顔を繋ぐことも出来たので、中々に良いお茶会であった。ただ心配なのは、メルヴィ嬢の方である。あちらはあちらで、先輩方の奥方や婚約者様方と同テーブルであった。たまに視線をやるととりあえず楽しそうではあったので、まあ、良いと思うことにした。
どのみち彼女の立場では、将来の伯爵夫人方に文句を言うなどできないであろうし。今後もそう言った社交は続くのだろうから、頑張ってもらうほかはないだろう。
自分に出来ることは、後で話を聞くくらいか。
この辺りを書く前に「教養としてのハイブランド」(著:とあるショップのてんちょう)を読んだんですよ。
とてもためになりました。
時代的には近世の頃ではありますがまだまだ近現代ではなく、布を染めるところからなんですよね。
貴族だと。
布を買う、布を染めに出す、メゾンのデザイナーと契約をする。デザインを書いてもらう、お針子の工房に依頼を出す、なんですよね。
手間!!