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あなたに贈る、贈った、手紙

長い

 メルヴィ嬢に送ることになった手紙の一枚目は、クレーモア子爵家の夜会に参加する旨を。

 二枚目には、急に誘った音楽会に参加してくれて嬉しかった、という旨を。

 三枚目には、彼の音楽会に参加したところ、先輩たちから多数のお茶会と夜会に誘われてしまい、厳選した結果、計三件のお茶会と夜会にメルヴィ嬢にも同席してほしい旨をしたためた。

 そのすべてに、詩歌をふんだんに用いた、装飾的な文言が付されている、手紙である。我が国の貴族階級においては、恋人であったり、婚約者であったり、求婚相手に送るには、まあ、割とポピュラーなものでは、ある。

 ヘイケラに作って貰った小さな花束を持って、エンホ伯爵家のお茶会のため、メルヴィ嬢を迎えに行った。お渡しした花束は、すぐに横のメイドに渡されてしまったが。まあ、渡した、という事実が大事なのである。


「いただいた、お手紙なのですけれど」


 馬車に乗って割とすぐに、メルヴィ嬢はそう口火を切った。私は手にしたステッキで、御者席側の窓を叩いて、発車を促す。


「はい」

「あれは、その」

「城には、ラッセという執事がおります」

「執事、ですか」

「ええ。私達と遜色ない年ごろの孫娘のいるこの老執事が、大層色恋事が好きな質でして」

「ええ」


 メルヴィ嬢は話を聞く体勢になってくれている。なるほど、これがラッセの言っていた、失敗したらラッセのせいにしたら盛り上がる、か。果たしてそれでいいのか。


「そのラッセの指示ですね。私としては、いつも通りカードにしようかと思っていましたが、今回は分量が増えましたから」

「ええ、お手紙をいただいたのはありがたかったのですけれど。ああいうお手紙を書くのは、慣れておいでなのですか?」


 文字が揃っておりましたから、と、メルヴィ嬢は続けた。確かに、慣れていなければああいった時に使用する、修飾文字は中々書けないものだろう。


「学院の授業であるのですよ」

「授業で?」

「貴族男子の嗜みとして、詩歌を用いた手紙を書くのです」


 優は取れなかった。まあそれは、今回見て貰ったものでよく分かるだろう。


「そんな授業があるのですね」

「友人のケルッコは得意でしたが、字が汚いとよく怒られていました。自分は逆でしたがね」

「とても厳しい授業なのですね」

「さらに言うと、家族にその手紙を出して採点までさせるのです。母と姉から、ええ、とても美しい言葉で罵られました」


 くすりと、メルヴィ嬢が笑って下さった。なら、まあ、かつての私も多少は報われるかもしれない。

 学生の頃、十代の少年だった私は、こんな授業に何の意味があるのだろうか、と思っていたものだった。その思いは今も変わってはいない。いや、今となっては多少わかる。そういう国だから、だ。これは単なる教養の話だ。


「で、教本をうんうん唸りながら見て手紙をしたため」

「教本なんてあるのですか」

「ありますよ。お兄様かお父様の執務室をこっそりご覧になるとよろしい」


 まあ、得手な御仁は教本ではなく詩集を常備しているだろうか。誰も彼もが、得意なわけではないのである。そういう場合は、こういう場合にはこういう詩歌をこういう風に、と教本が教えてくれる。あれはありがたいものだが、半面、詩歌の愛好者にはすぐにばれてしまうのである。

 母とか姉とか。父や兄からはもっとうまくやれと言われたが、やれたらやっているのである。やれていない、というあたりで察するべきだと思う。家族なのだから。


「したため終わって一息ついていると、ラッセがリボンの山を抱えて戻ってきました」


 これくらいの台帳に、リボンの切れ端が縫い留められていて、と、手を使って台帳の大きさを示してみたら、メルヴィ嬢は瞳をキラキラと瞬かせた。


「お好きですか」

「お好きですわ」


 リボンというものは、すごいものらしい。こんなに喜んでくれるというのであれば、あの台帳をめくって首をひねった時間も、無駄ではなかったのだろう。無駄ではなかったと思えたのだから、まあ、よかろう。


「それでは、一緒に作りますか?」

「まあ。なにを?」

「リボンの台帳を。おそらく私は今後もあの台帳のお世話になるでしょうから」

「それ、お口に出してしまってよろしいの?」

「私がリボンに造詣が深い方が、不可思議だと思いますよ」

「ご自身では、確かにそうお思いになられるでしょうね」

「そうですね。ですから、お店の名前とリボンの色を書いて、カードをお送りすることが出来ますよ」


 私からあなたに贈ったリボンで、台帳を。作りませんか。


「とても心惹かれるお誘いだわ」


 そう言ってメルヴィ嬢が微笑んでくださるなら。頑張って覚えようじゃないか。まったく興味を持てない、ちょっといいリボンの店名と色名を。


 小さく笑いあう私とメルヴィ嬢を乗せて、馬車はエンホ伯爵家のお茶会へと向かう。


「そう、手紙にも書きましたが」


 ちょっとした笑い合いを収めたところで、窓の外を確認する。到着までは、もう少しありそうだ。

 この国の王都の貴族街は、二種類ある。自分やアハマニエミ伯爵、フィルップラ侯爵家のように、城に仕える都合上、城の近くにある貴族家。それから、基本は領地に注力し、王都へは毎年の社交の季節にしか来ないもの、だ。概ね、子爵家以下がこれに当てはまる。

 よって、クレーモア子爵家の屋敷は、城下町の郊外に建っているのだ。そして本日お茶会を開催するのはエンホ伯爵家。城の近くに館を構えている。

 この国の城下町はそういった貴族街の都合上縦に長い。そうして貴族街の周りには、そこに勤めるもの向けの店などが出来るから、城下町も広いものだ。馬車は三つの大通りを抜けて、城の近くの貴族街にあるエンホ伯爵家に到着する。


「本日向かっておりますエンホ伯爵家は、先日のケッロサルミ侯爵家で音楽会があった際に再会した先輩の家です。

 ケッロサルミ卿とのご縁で知り合った方ではありますが、特段親しいかと言われれば、再会した、という言葉で察していただきたく思います」

「そういえば皆様に、ご無沙汰しております、とご挨拶されておりましたね」

「はい。ですので、エンホ伯爵子息の興味は、メルヴィ嬢ですね」

「私、ですか?」

「ええ」


 ものすごく下世話な言い回しをするなら、お前の連れているその女は誰だ、何だ。である。ケルッコと同じことを全員が問うてきているわけだ。


「お茶会と夜会で計八通いただきました。半分以下に絞ったんですよ」

「お気遣い、感謝いたします?」

「不要です。城としても、殿下の側近としても、顔を繋いでおいた方がよろしいと判断した場所に顔を出すだけです」


 どちらかと言わなくても、同行に感謝をするのはこちらである。明日のクレーモア子爵家の夜会以降でなければ、メルヴィ嬢に同行を願う必要もなかっただろう。本来であるならば。


「本日のお茶会に、先方へは後キースキ伯爵家とルミヤルヴィ侯爵家の夜会に出るのみである、と連絡してありますから、本日は先輩方がそれなりにいらしているでしょうね」

「どういうことですの?!」

「そういうことです」


 今日はきっと、会う先輩会う先輩に「そちらのお嬢さんを紹介してくれないか」と言われるだろうと覚悟はしている。これが後は二回続く。明日以降は婚約者です、と、挨拶できるといいのだけれど。

 ひょい、と、肩をすくめて見せたらメルヴィ嬢が目を真ん丸にして、自分をしばらく見つめていた。諦めて貰いたい。

カリグラフィー格好いいなと思ってやってみたことあるので分かるんですが、

あれ上手な人は上手に書けると思います。

パーヴァリは上手な人です。ケルッコは綺麗にパースが取れなくても妥協しちゃう人。

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