音楽会の会場であるケッロサルミ侯爵家は、先輩の家である
「おい、メラルティンじゃないか。久しぶりだな」
「ご無沙汰しております、ケッロサルミ卿」
馬車はゆっくりとであったが無事に、ケッロサルミ侯爵家へと到着した。広い敷地内に、音楽の講堂が複数ある。今日はその一つ、小講堂での発表会だ。小講堂の入り口にて、複数人の男性が招待状の確認を行っていた。その内の一人に声をかけられたので、招待状を差し出す。学院の二学年上の彼は、侯爵家の三男だ。侯爵家の次期当主にはなれないが、楽団で精を出していたはずだ。
ケッロサルミ卿は自分の差し出した招待状を見て、あちゃーと小さく呟いた。
「また今年も来てはいただけなかったか」
「どうしても、今日は色々なところで音楽会を開催されていますからね」
「まあなあ。ハンナマリ王女殿下は好んで来て下さっていたが」
まあ、それでもお前がきてくれただけ、悪くはないのだろうとケッロサルミ卿は笑って、自分の背中を叩いた。
小講堂というには大きなその講堂のホールにメルヴィ嬢をエスコートして入る。客席はまだ解放されていない。
「お、メラルティンじゃないか」
「ご無沙汰しております」
何人かの先輩にお会いし、そのようにご挨拶を申し上げた。おそらくは、ケッロサルミ卿から招待状を受け取った皆々様なのだろう。ちょうど二つ上の方々ばかりだった。
「お知り合いの方が、多いのですね」
開場を告げられたので、メルヴィ嬢をエスコートして、小講堂というには広い音楽堂に入る。正面の座席、それから両脇のボックス席。流石に三階席はない。
お好きな場所にお座りください、と言われたので、あまり先輩方のいない場所を選ばせてもらう。
「ケッロサルミ卿は、学院の二学年上でして。寮の、隣の部屋だったか、近くだったから、よく気を付けていてくださったんです」
彼の方は、誰に対しても気さくでおせっかいだった。気さくにおせっかいを焼いては去っていくから、彼に助けられた者も多い。けれどケッロサルミ卿はその親切は自分ではなく、今後後輩が困っていたら助けてやれと、そう告げられるようなお方だった。だったから、いつも人に囲まれていたし、こうして今でもお歴々が音楽会に顔を出されているのだろう。
「お声をかけて下さったのは、そのケッロサルミ卿のご学友の方々ですね」
「そうなのですか」
その誰もが、自分とは当時から特別に親しくはなかった。会えば挨拶もするし、雑談もする。息災なようであれば安堵もする。その程度だ。
「皆さん伯爵家の方々ですよ。ケッロサルミ家の楽師の方を召し抱えている方もいらっしゃるんじゃないかな」
だからまあ、顔を繋いでおいて悪くはない。会えば挨拶する程度であっても、彼らはいずれ家を継がれる方々だ。殿下に仕える以上、仕事でいつか彼等とも話をする日が来るだろう。だからこうして、殿下にご招待が来た会に、交代で参加しているわけだが。
音楽会は、音楽堂の席が八割がた埋まったところで始まった。まず登場されたのは楽団の方々だ。探せば先程のケッロサルミ卿もいらっしゃるかもしれない。どうだろう。受付とご案内をされていたから、今日は登壇されないのだろうか。
ゆっくりと音を出して、音を合わせていく。透き通ったその音だけで、すでに音楽を奏でているように感じられる。自分はそちらには才能がなかったが、聞くのは嫌いではない。
音合わせが終わった頃、一人の少年がとことこと舞台の真ん中まで歩いてきた。何も持ってはいない。後ろの楽団の、指揮者が指揮棒を振り上げる。
少年は独唱だった。子供の頃に歌ったこともあるし、中央広場に行けば大道芸人が歌っているだろう。領地の広場でだって、子供たちが歌っているかもしれない。
こう、なんといえばいいのか。
感動した、ということはない。同じ年ごろの子供たちと比べれば十分に上手だとは思うが、貴族である以上、それなりに歌は聞いてきているから。
歌い終わったところで起こる拍手に、便乗して拍手をする。その程度だ。
それからの演目も、同じような物だ。子供たちが四重奏をしたり、歌ったり、子供たちの伴奏で歌姫が歌ったり。
感動したり、良い時間だったと思うほどではなかった。しかし別に、この時間を無駄だったとは思わない。多分、感心した、というのが一番近いだろう。年の割には全員上手い。無論、自分よりも上手である。確実に。
「たまには音楽会もいいですね」
「そうですね、こういう音楽会も、楽しいですね」
知り合いが出ていたら、きっともっと楽しいだろうとメルヴィ嬢と話ながら帰宅することになった。勿論、彼女を自宅まで馬車でお送りする。
「今日は、お付き合いいただきありがとうございました」
「こちらこそ。楽しい時間をありがとうとございました。その、こういうことはよくあるのでしょうか」
「こういう? 殿下の所に来た招待状の内、顔を出しておいた方が良いと判断したものには、皆で手分けをして顔を出すことになっています」
「結婚後も?」
「おそらくは」
何分、現在ご結婚されているのはケルッコの兄くらいなものである。彼は後継ぎであるから、そちらにも顔を出しているので、今のところはなんとも言えない。
「もしかしたら、もうご予定が入ってしまっているかもしれませんが、こちらをお持ちください」
帰りしな、メルヴィ嬢をご自宅の玄関まで送ったところで、執事から受け取った封書を一通差し出された。宛名はない。
「後日、我が家で開かれる夜会の招待状になります。父に、カーパのカクテルをお願いしましたの。ぜひご試飲にいらして」
「それは是非」
美味しかったら、二人でキーア様に差入をしましょうなんてことをそっとメルヴィ嬢に囁いて、本日はお暇させて貰う。この招待状は、そういうことでよろしいのですか、等と無粋なことを聞きはしない。彼女のが手ずから渡してくれる、ということはそういうことであるし、だからこその二人でキーア様に贈ろう、なのである。
陽はまだ落ち切っておらず、城に戻って仕事をしてもよろしいだろうが。まあ、急ぎでやっつけねばならない仕事はないのだから、家に戻っても問題ないだろう。
そうだ、本日会った先輩たちにカードを送っておこう。ご機嫌伺いのカードであるから、定型でよかろう。
そんなことを考えつつ自宅に戻ったら、先を越されていた。先輩方から招待状の山である。
「あのご令嬢は」
「ついにお前も身を固めるのだな」
「いいから連れてこい」
面倒になったので書類挟みにすべてまとめて突っ込んで、明日城で予定表と突き合わせることにした。必要であれば顔を出すし、不要であれば返事のカードだけ送ればよかろう。とりあえず、今日は、招待状を送って来なかった先輩方にカードを送り。招待状を送ってくださった先輩方には、日程を確認して返事をするとしたためたカードを送って貰った。
まあこういう仕事は、早い方がいい。それはそうだ。
この辺から先輩という名のネームドモブが増えます。
基本はネームドモブです。
伯爵家がメインかな。