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プロローグ

来年受験生なんで定期的に失踪します。

ヤクザの娘のヤンキーっ子と貧乏少年のお話です。

 ・・・よく、本当に必要なのは愛かお金、どちらかという議論がなされる。結局、その手の議論には決まった結論というものは出ないのがオチだが、僕ははっきりと言える。


 〝お金〟だ。というか、〝愛〟なんてものは存在しない。少なくとも、僕の世界には絶対にない。僕は、目に見える〝モノ〟以外は信用できない。それが、どんな形であろうと。


 ・・・と、イキッた自分語りをしても、誰も僕のことを知ろうと、僕の話を聞こうとする人なんていないから、これは独り言なんだろう。


 ジメジメした梅雨の蒸れた暑さが身体を襲う。そりゃあ、こんな炎天下に水も飲まず何時間も外にいれば、僕の細くて弱い身体が悲鳴を上げるのは自明だ。


 あまりの暑さに意識が朦朧とするが、なんとか年齢を偽ってでも得た工事現場のアルバイトの報酬を握りしめ、家に向かう。これっぽちと言って差し支えない額を片手に死に物狂いで歩みを進める自分が虚しいが、惨めなのはずっとなので、気にすることもなくなってきた。


 でも、稀に自分と同い年くらいの学生を見ると、自分の惨めさ、不必要さが身体に突き刺さる感じがして、吐きそうになる。といっても、吐くものも胃液程度しかないが。


 もう今が何日の何時なのかも分からない。最後に学校に行ったのはいつだったっけ。制服もどこにあるか分からない。そもそもまともに寝たのも思い出せない。最後に家に帰ったのもいつなんだ?


 取り敢えず、なんとか家に帰って横になりたい。目がチカチカする。もう本当に身体が限界だ。でも、確か記憶が正しければもう少しで家が・・・


 ようやく僕のアパートにたどり着いた。部屋は・・・確か2階の角だ。なんとか手すりを持ってくらくらする頭と力の入らない身体を支え、歩みを進める。


 なんだか、朦朧とする視界の中で、黒い影が見える。大きい影は僕に近づいてくる。互いの距離が1メートルほどになったところで、ようやくその影の正体を認識した。


「おいガキ。金、出せや。2週間前から返済止まってるんじゃ。」


「お前んとこのババアの金や。はよ返せやクソガキ。」


 鼓膜をつん裂くような怒号が、僕の意識を覚醒させる。視界もはっきりしてきた。僕の目の前には、黒いスーツの大男が2人。おそらく借金取りだ。


「あっ、あひっ・・・かっ、お金っ・・・」


 僕の生死を彷徨う身体では威圧的な大男になすがままになるほかなかった。よろよろと右手の給料の入った封筒を差し出す。


 大男はその場でその封筒を開け、中身を確認した。すると、すぐさま僕を思いっきりどつく。僕は数メートル後方に吹っ飛んだ。


「おいクソガキィ!!3万しか入ってねえじゃねえか!!今日15万返す約束だろうがよォ!?あぁん!?」


 吹っ飛んだ僕に詰め寄り、みぞおちを思いっきり蹴る。あまりの激痛に、声も出ない。コヒュー、コヒュー、と、自分でもヤバい呼吸をしているのがわかる。


「おいクソガキ、他にねえのか、金は!あと12万足りねえんだよ!!」


 僕は痛みと点滅する視界に悶えながら声を絞り出す。


「な゛っ、ない゛っ、でずっ・・・ごめん゛なざっ・・・」


「ふざけんなよクソガキィ!!てめえ殺されてえのか!?あん!?」


 もう一度みぞおちに蹴りを入れられ、ごふっ、と呻き声が漏れる。何か吐いてしまったようだが、それも分からない。もう本当にダメみたいだ。


「どうするつもりなんだよオイ!?どうやって返すんだよ金をヨォ!!身体でも売んのかクソガキ!!」


 目の前が真っ暗になる中、僕は最後に力を絞り出してこう言った。


「も゛ぅ・・・ごろ゛じで・・・」


 僕はそう言って視界は闇に飲まれた。恐らく、暴行を受けているが、感覚もなくなってきている。


 本当に死ぬんだな。僕の人生、楽しいことなんてほとんど無かったけど、これで終われるなら、いいや。なんでも。


 どんどん遠くなる意識に身を任せ、身体の力を抜く。せめて、最後くらい美味しいご飯でも食べたかった。


「おいお前ら!何やって・・・」


 意識と共に、聴覚もどんどん遠くなっていく。あれ?どこかで聞いたことのあるような声が・・・いや、走馬灯ってやつだろう。それか、本当に最期に、神様が見せてくれた幻覚とかなのだろうか。


 僕の惨めで最悪な一生は、今日、ここで終わった・・・はずだった。




 ☆★☆




「・・・し・・・ーし・・・もしもーし。聞こえる?」


 なんだ・・・これ。知らない女の人の声だ。そうか、天国か地獄ってやつか。もっぱら、僕は天国側の人間じゃないだろうけど。


 ゆっくりと目を開けると、うちのボロい崩れかけのではなく、知らない天井だ。天国とかにしてはやけにリアルで、気味悪いというかなんというか・・・


「あっ!起きた〜!おはよ〜、君、今までず〜っと眠ってたんだよ。ちょっとは楽になったぁ?」


 天井の次に視界に映ったのは、女性の顔。まだ五感全てがはっきりとせず、ぼんやりとしているが、どこかで見たことあるような雰囲気だ。それに、声もどこかで聞いた気がする。


 身体は重く、まだ少し痛むが起き上がった。痛むということは現実・・・僕は生きているのか?


「よく寝れた?今が夜の9時だから、9時間もず〜っと寝てたんだよ。まだ痛いところある?」


 耳元で囁かれたことで、ようやく記憶が蘇ってきた。視界もはっきりしてきたようだ。目の前の女性にピントが合う。


「っ・・・え?鬼城先生?な、何で・・・僕が・・・え?」


 目の前にいるのは、僕の学校の先生、鬼城先生だった。何でだ?確か僕のクラスの副担任だったけど、ほとんど話したことはないし、そもそも僕は黒い服の男に半殺しにされたんじゃ・・・


「瀬田くん色々わかんないことばっかりだと思うけど・・・とにかく・・・ごめんなさいっ!!」


 ・・・え?鬼城先生はなんで僕に謝っているんだ?全く理解が追いつかないし、ここは鬼城先生の家なのか?すっごく綺麗で広く感じる。というか、あの男たちはどうなって・・・


「こ、ここは・・・どこですか?そもそも・・・僕は確か殴られたりで気を失って・・・」


「うん。そうらしいね。父さんの仕事の人がごめんなさいね。それより、どこか痛くはない?先生心配なのよ。」


「は、はい・・・少しだけですが・・・大丈夫です。」


 分からないことだらけすぎて頭がパンクしそうだ。それに、父さんの仕事って・・・鬼城先生は何者なんだ?闇の仕事の人なのか?なんだか怖くなってきた・・・


 それに、先生の反応的に、僕を助けた人は先生ではないようだ。そういえば、意識が遠のく寸前に誰かの声がしたような・・・


「その、僕をここまで運んだのって誰なんですか?僕、何も覚えてなくて・・・」


「ああ、言ってなかったわね。おーちゃん・・・って言っても分からないか・・・」


 ・・・誰?僕の数えられるほどの知人にそんな人はいないし、鬼城先生の知り合いなのか?とにかく、まだまだ分からないことだらけd・・・


 ボゴッ!!バゴッ!!


 隣の部屋?からものすごい音が聞こえてきた。何かがぶつかった音?ここは本当にやばい場所なのか?もしかしてやはり僕は死んでいるのか?まだこれを現実だと受け止めきれていない自分がいる。


「あっ、そう言えばお父さんに瀬尾くん起きたって報告しなきゃ。ちょっとそこで待ってて!」


 鬼城先生は急に立ち上がって部屋を出た。僕は、逃げ出そうにも逃げ出せず、その場にいるしかできなかった。


 数分後、鬼城先生が戻ってきた。


「ごめん瀬尾くん!ちょっとお父さんが瀬尾くんとお話ししたいらしくて、お願い!」


 鬼城先生は男の人を連れている。その姿を見た僕は、さっと血の気が引いた。


 黒いスーツのごつい大男。僕を殴った奴らよりもずっと大きい。目には大きな眼帯をつけていて、片目だが目力は野生のライオンのそれだ。


 そんな大男が僕に近づいてくる。今度こそ本当に殺されるのかもしれない。身体がガクガク震える。


「おい坊主・・・」


「すっ、すみま・・・」


「うちのバカ2人が申し訳ないことをした。すまない・・・」


「・・・え?」


 大男は僕の前で深々と頭を下げた。突然の出来事に僕はやはり混乱してしまう。


「今日・・・坊主がうちの組のバカにぶん殴られたと聞いてな・・・怪我はねぇか?」


「えっ・・・いや・・・別に・・・」


「あのバカ共にはしっかり教育してやったから心配すんな・・・といってもそうはいかねえか・・・」


 この人は何者なんだ?見た感じ今日僕を殴った人たちの上司的な人か?それにしても、見かけによらず丁寧な人だ。


「あっ、いや・・・それはお金のなかった僕のせいで・・・」


「うちはガキからは取り立てない決まりなんだよ。その借金(カネ)はお前が作ったんじゃねえんだろ?」


「は、はい・・・」


「別にいいんだよそれなら。それより、お前俺の娘がたまたま通りかからなかったらどうなってたか・・・あいつに礼は言っておけよ。」


「そっ、それはどなた・・・」


 その時、僕の左側にある襖がガラッと勢いよく空いた。そこで、目が合い初めて気がついた。


「あっ、おーちゃん!瀬尾くん大丈夫だったって!おーちゃんのおかげだよ!ありがとう!」


「・・・ッ・・・クソどうでもいい・・・」


 彼女は僕と目が合うと、聞こえる大きさの舌打ちをして踵を返した。


「あっ、おーちゃん!ちょっと待ってよぉ!こっちきて!」


 鬼城先生が慌ててその女子を追いかける。異様な空気が流れているが、一目見て分かった。


(あれって・・・鬼城さん・・・?)


 煌びやかな目がチカチカしてしまう金髪、それにあまりにも大きなピアス。


 獲物を睨みつける肉食獣のような切れ長の大きな釣り目、高身長で座っている僕を見つめる威圧感は圧倒的。


 この、はっきり言って怖いという印象しかない人は、確か僕のクラスで1番有名な人だ。人を寄せ付けない一匹狼。


「ご、ごめんね瀬尾くん。おーちゃんちょっと引っ込み思案というか・・・本当は優しい子なんだけど・・・」


 戻ってきたら鬼城先生が彼女を弁護する。でも、ここで完全に理解した。


 殴られ蹴られの暴行で生死を彷徨っていた僕を救ってくれたのは、紛れもなくあの有名な、〝ヤンキー鬼城さん〟こと、鬼城折刃さんだ。

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