男の育児物語
「子どもが生まれたようだね。おめでとうタガミ君」
「はい。ありがとうございます。ムラナカ部長」
「では社内規則にのっとり育児休暇に入ってもらう」
ムラナカ部長の言葉に俺は目を丸くする。
(生まれたその日のうちに手続きをするだっけ)
俺はムラナカ部長とともに手続きを行う。
「よし。これで手続きは終了だ」
すべての手続きを終えムラナカ部長は俺を見る。
「育児休暇は明日からだ。しっかりな」
俺はそうムラナカ部長に見送られた。
☆ ☆ ☆
育児休暇に入って早速俺は妻に怒られる。
「ゴミ捨てひとつでここまでとは……」
『今日は燃えるゴミの日だからお願いね』
そう妻に言われて俺は各部屋に向かった。
部屋のゴミ箱からゴミを回収する。
そして市区町村指定のゴミ袋にまとめた。
(なにが悪かったのか……)
ゴミ置き場から帰ってきて今に至る。
悩む俺に妻は答えを教えてくれた。
「ゴミが残ってたわよ」
「まさかゴミ箱の中や周囲もやるのか?」
「そ。指定のゴミ袋を新しく準備するとこまで」
妻は俺に優しく叱責する。
(言ってくれよ――っとこれは俺の責任だな)
俺は自分の部屋で他責思考に入りかけた。
(自分でやったことは自分で責任を取る)
それが大人と自分に言い聞かせる。
(失敗は誰にでもある。職場の新人を思い出せ)
俺は会社内でのことを思い出す。
(誰だって最初は素人だ。経験を積んで――)
そこまで考えて俺はハッと思い至る。
「経験の差か。育児の」
ゴミが外に出ていたらどうなるかを考えてみよう。
はいはいを始めた子が口にすることもありうる。
(そこまで考えているのか、妻は)
俺は自分の浅はかさを恥じた。
「共働きの時代なのに差がつくか」
子どもと一緒にいる時間の差なのだろう。
『しっかりな』
ムラナカ部長の言葉がよみがえる。
(育児休暇を取って一日も早く経験差を埋めてこい)
俺は言葉の裏の意味を理解した。
☆ ★ ★
「言葉はオブラートに包め、か……」
入社直後に言われたことが俺の脳裏をよぎる。
(ようは本音と建前だよな)
だから俺は考え方を変えようと決意した。
(妻は会社でいう先輩や上司、もしくは社長だ)
追いつくためにどうするか、俺は考えを始めだす。
「ひょっとしたらパワハラもこれが原因だったりな」
考えていくうちに俺はひとつの仮説を立てる。
(妻や上司からのストレスが根本かな?)
家や職場でストレスはたまっていく。
(それを部下にぶつけることで解消していたのかな)
昔の人たちも苦労していたんだなと俺は思う。
「今はパワハラ防止法がある」
俺も妻もストレスはたまる。
(どこで解消するか、だよな……)
「タロウさーん。ちょっと来てー」
妻が俺を呼ぶ声を耳にした。
☆ ★ ★
「どうした――うわっ」
「ちょっと吐いちゃって」
「大丈夫か?救急車呼ぶか?」
「大丈夫よ。ちゃんと呼吸してるから」
「よかった。ありがとう対応してくれて」
妻の言葉に安心してお礼を言う。
「それでお願いがあるの」
「なんだい?」
「ケンちゃんを沐浴させてほしいの」
妻はその間に洗濯や掃除しておくと話す。
「わかった。いつもはどうしてる?」
沐浴の手順は知っている。
そのうえであえて妻にたずねた。
(妻には妻のやり方があるからな)
失敗は誰にでもある。
(同じ失敗を防ぐのがビジネスだよな)
俺は自分にそう言い聞かせた。
妻は快諾しやり方を懇切丁寧に教えてくれる。
「OK。その手順でやっておくよ」
「お願いね」
「ありがとう。教えてくれて」
感謝を伝え子どもを抱いて湯舟に向かう。
(今はこれでいい)
妻が未来を見ているのなら俺は全体を見て動く。
(フレームワークが役に立つとはな)
★ ★ ★
「沐浴終わったよ」
「ありがとう。助かったわ」
「こっちこそありがとう。大変だったろう?」
沐浴から帰ってくるとベットは元通りだった。
妻の手際の良さに俺は驚く。
(経験の差だな。本当に)
今は妻に言われた通りに動こう。
(早く追いついて一緒に歩けるまでレベル上げだな)
そう心に決める。
(新人時代を思い出して動くとするか)
まずはここから始めよう。
そしてゆっくりと子どもを妻に手渡した。