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7/19

どうして涙が出るのかな?


「はいよ、お待ちぃ!

 揚げたてエセル海老のフライとゴロゴロ野菜のビーフシチュー。

 それにサラダとパンはお代わり自由だよ!」


 厨房に向かったステラさんが再び私の席に戻って来た時――

 その手には幾つもの器が乗せられていた。

 大きさの違う食器を絶妙なバランスで支えているっぽい。

 まるで曲芸師みたいなその巧みなテクニックに思わず拍手してしまう。

 にっこり笑って応じたステラさんはカウンターに一品ずつ並べてくれる。

 黄金色の輝きを放つ、ジューシーそうな海老フライ。

 大きめのジャガイモや人参、そしてお肉が沢山入った湯気の立つシチュー。

 瑞々しいパリパリ野菜のサラダにふんわりした白いパン。

 凄くはしたないけど、一皿ずつ並んでいくのを見てる内に涎が出そうになった。


「はい、アンタにはこれだよ」


 最後にリルの前に出されたのはマンガでしか見た事の無いような骨付き肉。

 リルは嬉しそうに吠えると、さっそく齧り付いていた。

 一心不乱に食べるその姿に私もついに我慢の限界を迎える。


「いただきま~す♪」

「はいよ。

 た~んと、お上がり」


 手を合わせて感謝の言葉を述べると、卓上に置かれたスポーク(スプーンの先がフォークみたいになっているアレ)を手に食事に取り掛かる。

 まずは先程から凶悪に美味しそうな香りを放つフライを一つお口に。

 お皿から口元に移動する僅かな間にも鼻腔内へ「これ絶対美味いヤツ!」という予兆を奏でる香りが飛び込んでくる。

 あむ。

 半分ほどでフライを噛み切ったその瞬間――

 口内に迸る濃厚で強烈な旨味!

 フライの衣が中身の海老を絶妙に包みこんでその美味しさを閉じ込めているだけでなく、高温でサッと揚げられたからなのか海老本来の風味を損ねてないなんて!

 口の中でモグモグする度に熱い汁が出て火傷しそうになる。

 けど――止まらない。

 傍らのステラさんがどこか意地悪そうにニヤニヤ見てるけど……いいもん。

 美味しいものを前に、上品に食べるのは限界があると思うし。

 あっという間に一匹分のフライを食べ終えてしまった私は続けてビーフシチューに矛先を向ける。

 掬ったスポーク内に乗せられたゴロゴロ野菜とお肉。

 熱々なそれをフーフーしながらフライの旨味が残る口内に運ぶ。

 すると口内で鳴り響く勇壮果敢で荘厳華麗な、美味なる協奏曲。

 お野菜が美味しい!

 じゃがいもはホクホクに溶けながらシチューの味を豊かに増し、人参はトロトロになるまで煮込まれて――ケーキみたいに甘い。

 そして何より凄いのがお肉!

 硬い所がなく歯で嚙み切れるほど柔らかいだけじゃない。

 シチューの濃厚な味に負けないどころか嚙む度に喉元まで迫りくる鮮烈な旨味。

 はっきり言ってこれはもう暴力だと思う。

 こんな風にされたら白旗を上げるしかない。

 リルに倣って食事に専念する私。

 すると温かく私を見守っていたステラさんが当惑したように声を掛けてくる。


「どうしたんだい、ユウナ?」

「えっ?」

「アンタ、涙が……」


 ステラさんの指摘に私は空いている左手を目元に伸ばす。

 無意識の内に――私は泣いていた。

 大粒の涙が私の知らない内にぽろぽろと零れ落ちていた。

 慌てて袖口で涙を拭う私。

 だって……仕方ないじゃない。

 こんな風に美味しいものを、何の気兼ねもなく思うまま食べれるなんて――

 いったい何年ぶりの事だろう?

 前世の私にとって食事は命を繋ぐための行為にしか過ぎなかった。

 消化はいいけど、ほとんど味のしないミキサー食を独り口に運び啜る日々。

 厳しい食事制限の中、栄養士さんが頑張ってくれていたのは知ってる。

 雑菌を吸わない為にいつもマスクをつけてるから誰かと共に食べれない事も。

 けれど……一度でいい。

 本の中の人物たちみたいに皆で食卓を囲んでみたかった。

 両親や友達と一緒に美味しいものを食べて、楽しくお話したかった。

 私は――贅沢者だ。馬鹿だ。

 世の中には食べ物を満足に食べれない人だっているというのに。

 でも……でも!

 自制できない衝動と感情に振り回され、手を止めて嗚咽する私。

 すると――そんな私の頭を優しく撫でてくれる大きな掌。

 伝わってくるぬくもりに少しずつ……心が落ち着いていく。


「辛い事があったんだね?

 だけどいいんだよ、我慢しないで……抱え込まなくていい。

 ここは宿屋で酒場だ。

 どんな辛い事や哀しい事も――

 時に騒いで時に相談して美味しいものを食べれば、少しは気が晴れる筈さ。

 あと……ユウナはお酒が飲めるかい?」


 分からない、と首を振る。


「まだ飲んだことがないか。

 なら後で甘い蜂蜜酒を持ってきてあげるから、少しだけお飲み。

 酒はね――心の涙なんだよ。

 人は大っぴらには人前で泣けない。

 だから酒を飲んで涙を流すのさ……って、これは酒飲みの常套句さね。

 吹っ切れて大酒飲みになるんじゃないよ?」


 冗談じみた教訓の言葉に私は我慢できず肩を震わせ笑いを堪える。

 涙でべとべとになった顔をステラさんに向けてお礼を言う。


「ああ、もう。

 可愛い顔が台無しじゃないか!

 ほら、おしぼりで顔を拭いて」


 肩を竦めたステラさんにされるがまま顔を拭かれるけど……

 不思議と恥ずかしいとは思わなかった。

 綺麗になった私の顔を見て満足そうに頷き厨房に消えるステラさん。

 さっきから視線を感じるので確認。

 すると足元で心配そうに私を見上げているリル。

 悪い事、しちゃったな。

 だから少しでも安心させるよう……努めて優しく話し掛ける。


「大丈夫だよ、リル。

 うん……もう、大丈夫」

「きゃうん?」

「あはは。

 ほら、冷めない内に食べよ?」


 私の言葉につむらな瞳を向けたままのリルに空元気でウインクすると、私は再びスポークを手に食事に戻る。

 その味は先程に比べてちょっと塩辛いけど――

 今まで食べてきた食事の中で一番美味しいと思った。

 

 


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