ここはどこなんだろう?
「んっ……」
頬を優しく撫で回す柔らかい感触。
あまりのくすぐったさに私は目を覚ます。
すると目の前にいたのは真っ白い毛並みの仔犬だった。
大きな瞳に触り心地の良さそうな、ふわふわの尻尾。
可愛いらしいお口から小さなベロが出ているのを見るに、どうやらこの仔が起こしてくれたみたいだ。
「ありがとね」
お礼とばかりに抱き締めると、嫌がる様子もなく身を寄せてくる。
スリスリと身を捩る度にピコピコ揺れ動く長い尻尾。
ふふ、可愛い。
無邪気な愛くるしさにつられて私も笑顔になっちゃうな。
労わる様に頬を寄せながらゆっくり立ち上がる。
「ここは……」
周囲を見渡して茫然とする私。
視界一杯に広がるのは、鼻をくすぐる微風に棚引く広大な草原。
私の知っている景色じゃない。
「ここは……どこ?」
「目が覚めましたか?」
「きゃう!」
思わず当惑する私だったけど突如耳元で囁かれた声にびっくりする。
驚いて変な声を出しちゃったし。
誰かいるのかと見渡すも――いるのはこのワンコだけだ。
まさか、この仔が?
私の疑問に応じた訳じゃないのだろうけど、再び耳元で囁かれる声。
どこか無機質で性別の分からないその声は――
何故か心地良くって、心に沈むように脳裏へと響き渡った。
「驚かせてしまって申し訳ありません。
わたくしは主より遣わされた異世界アドバイザーです。
貴女の異世界ライフを快適にする為、共に歩ませて頂きます」
「異世界、アドバイザー……?」
その言葉を聞いた瞬間――私は思い出した。
長い闘病生活の末に死んでしまった自分の前世を。
そんな私を憐れんで異世界に転生させてくれた神様のことを。
交した会話の内容は生憎とよく覚えてはいない。
でも……地球とは違う世界になるけど、健康な自分の身体でもう一度人生をやり直せるって。確かにそう言ってた。
末期の妄想とかじゃなくて――本当に転生したんだ、私。
「どうやら思い出しましたね?」
「はい」
「貴女はこの琺輪世界リャルレシスに間違いなく転生しました。
しかし貴女の暮らしていた地球とは常識も価値観も違うこの世界。
貴女が路頭に迷わぬよう、何より今度こそ無事に天命を迎えられるよう――
主が遣わしたのがわたくしです」
「ありがとうございます……えっと、アドバイザーさん?
それとも何てお呼びしたらいいですか?
あと、お姿が見えないんですけど……」
「呼び名は自由に決めてもらって構いません。
それとわたくし相手に敬語は不要です。
更にわたくしは高位の情報意識体故、定まった姿形もございません。
今は不慣れな貴女との交流の為に敢えて声を出していますが、人前などでは念話に切り替えて貴女をサポートする予定です」
「そうなんだ。それじゃ……アドバイザーのアド君で」
「了解しました。
呼式名称【アド】で登録します。
以後、用事がある際はアドとお呼びください。
では次です。
貴女の異世界での名前は何に致しますか?」
「名前……?」
生前の私の名は裏渦田悠那。享年15歳。
幼いころから病弱で満足に学校にも行けず、その名の通り裏方の様な人生だったけど……何て名前がいいんだろう?
せっかくの異世界だから洋風な名前がいいのかな?
ううん、違う。
病弱で親不孝な私だったけど……そんな私を最後まで愛してくれた両親の為にも、私は私に名付けてくれた名前を大切にしたい。
「じゃあ【ユウナ】でお願いします」
「畏まりました。
では、ユウナ。主から貴女へ手向けの言葉を賜っております。
『幼くとも果敢に生きた魂よ、汝の道に祝福を。自由に生きよ』
とのことです」
慈愛に満ちたその言葉にワンコを抱き締めたまま涙する私。
ありがとうございます、神様。
この世界に生まれ変わらせてくれて。
自分に何ができるか分かりません。
けど……第二の人生を精一杯生きてみます!
心配そうに私の頬を伝う涙を舐めるワンコに微笑みかけながら――
私は固く誓うのだった。
新連載の始まりです。
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