罪・下
車はキタの歓楽街である、東通り商店街の近くのホストクラブが数軒入っている大きなビルの前で停まった。香田を始め櫻子も真田も降りたが、池田はそのまま近くのパーキングに車を移動させに向かうらしい。池田と共に消える車を背にビルのエレベータに乗り四階に着くと、煌びやかな『Majest』の看板が目についた。
「姫のご来店―!」
櫻子の前ある店のドアが開かれると、途端に大きな音楽と賑やかな声がその部屋から溢れてきた。
「あれ? 流星君じゃん――え、オーナーまで来店?」
櫻子の後から顔を見せた流星と香田と真田の姿に、開けられたドアへと出迎えに来たホスト達が瞳を丸くした。部屋の中は薄暗く、間接照明とブラックライトが多い。店内の席は四十席くらいの、いわゆる中箱と呼ばれる大きさだろう。パッと見ただけで、ホストは二、三十人ぐらい在籍しているようで、客らしい女の子が店内に置かれた席の大半に座っていた。ビルの一階丸々一つの店舗が店を開いているだけあり、人気店の様だ。
女の子達には、本命と呼ばれるホストとヘルプと呼ばれる賑やかしが多数ついていて、平日の20時前とは思えない賑わいだった。水商売風の女の子や、会社勤め風の子。大学生風な子や、こんな世界とは無縁そうな少し野暮ったい感じの女の子まで楽しそうにしていた。
「俺達には誰も付けんでええ。アルマンド・ロゼとリシャール出してくれるか? 流星の売り上げにしておけ」
「オーナー、有難うございます!」
流星は頭を下げると、香田達をVIP席と呼ばれる奥の席へと案内した。「姫から、クリスタルとアルマンド・ロゼ入りましたー!」と流星が声を上げると、「有難うございまーす!」とホスト達がそれにコールしていた。
「姫って……香田さん?」
「何でやねん」
櫻子は座り心地の良いソファに腰を落としながら、不思議そうに香田を見た。香田は楽しげに笑うと、その櫻子の隣に腰を落とす。
「一条さんから注文が入ったように思わせるんですよ。自分の担当のホストをエースにしたい女の子の、競争心をあおりますから」
正面に座った真田が、彼にしては少し柔らかな表情で櫻子に答える。ホストの店に捜査以外で入った事がない櫻子は、まだ不思議気に店内に視線を向けた。するとしばらくしてから、賑やかな声があちこちの席から上がった。
「まゆゆ姫からピンドン入りましたー!」「えにゃん姫から、ドンペリ入りまーす!」「紗理奈姫からドンペリ・ゴールド頂きましたー!」など、ホスト達の声が沢山上がり、店内は忙しそうになる。なるほど、と櫻子は納得して真田に頷いた。
「どうぞ」
流星がおしぼりを配る。櫻子は冷たいおしぼりを受け取って、小さく吐息を零した。店内の熱気で、熱く感じていた体が少し落ち着いたのだ。
「刑事さん」
ふと、シャンパングラスを並べる流星が手を止めずに、櫻子に声をかけた。
「俺が見つけたお爺さん――どうなりました?」
彼が発見して、救急で運ばれたホームレスの事だろう。流星の顔は、何処か心配そうに沈んでいた。
「あなたのお陰で、三日ほどで退院出来きて今は市の職員に保護されて施設に居るわ。犯人も捕まっていないし、危険がない様に警察も傍にいるわ」
「そっか、よかった――血だらけだったから、俺死んじゃったかもって気になってて……俺、田舎の爺ちゃん思い出して、結構気になってたんです。良かった。犯人、見つけてあげて下さい」
流星は、他のホストが持ってきたシャンパンとブランデーの瓶を机に並べる。
「流星、もうええから客に連絡せえ。二日の売り上げ回収や」
派手な金髪が暗がりの向こうに見えると、香田は流星にそう声をかけた。どうやら、車を停めに行った池田が入って来たらしい。手には、ホストから受け取ったウーロン茶のペットボトルがあった。それと、なにやら紙袋を手にしていた。
「オーナー、お世話掛けました」
流星はもう一度香田に頭を下げると、スマホを手に席を離れた。
「若、ひどいですよ! 俺が運転の時に、こんないい酒……!」
池田はテーブルに置かれた酒の瓶をみると、不満げに声を上げながら真田の隣に座った。
「美人刑事の前で飲酒運転か? 俺は責任取らへんで」
「酒気帯び運転は三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金。大体、相場は三十万円の罰金刑じゃないかしら」
「経費からは出しませんよ」
香田、櫻子、真田にそう言われて池田は項垂れた。
「ウーロン茶、美味しく頂きます」
池田はアルマンド・ロゼの栓を開けると三人のグラスに注いで、自分のグラスにはウーロン茶を注いだ。
「池田さん、注ぎ方上手なのね」
シャンパンの泡を無駄にしないで綺麗に注ぐ池田の器用さに、櫻子は少し意外そうに声をかけた。
「あざまーす! 俺、若に拾われる前はホストとバーテンの掛け持ちしてたんですよ」
にっと笑い、池田は香田に乾杯を促した。三人はグラスを手にして、硝子の擦れ合う高い音を立てて乾杯をした。




