過去・中
「俺と璃子は大学の時に出会った……という事は、ご存じでしょうか?」
「はい。そして卒業後結婚して、お子さんが出来たんですよね?」
祥平の問いに、篠原は頷いてから自分が知っているそれからの事を逆に聞き返した。祥平も篠原の問いに、頷いた。
「ええ。璃子は小学校から高校まで共学ではなかったんです。幼稚園から、突然大学で共学になったんです。そのせいか、大学で男がいる生活になかなか馴染めなかったんです。そんな時、俺が入っていたボランティアサークルに璃子が入ってきて、彼女と知り合いました」
出会いの逸話は知らなかった。篠原は黙って頷き祥平の話を促した。
「サークル内の俺の同期が、彼女を好きになったんです。彼も女性に慣れてないのか、ストーカー紛いの事をして、彼女はとても怖がっていました。そんな彼女を、俺が助けたんです。それからよく話すようになって――姉が教育実習に行っていた時の生徒だったらしく、それを知った彼女は俺に心を開いたのか姉の事をよく聞いてきました」
それは、篠原にとっては意外な話だった。美晴は、確か二十九歳だ。そして、璃子は二十二歳。浪人せずにスムーズに学位を取っていれば、確かに教育実習で繋がってもおかしくないのかもしれない。櫻子の視線で先ほど笹部にその確認をしたのだが、美晴の璃子に対する関心の薄さでつながりは期待していなかった。
篠原は大学に行っておらず、また教師過程の事は分からなかったので、黙って彼の話を聞いた。
「最初は姉の話ばかりでしたが、いつの間にかお互いの趣味の話をする頃には俺は璃子の事が好きになっていました。姉に相談すると、「私じゃなく彼女に言いなさい」って言われたので、思い切って璃子に告白しました。彼女に時間が欲しいと言われて、でも二週間後にOKを貰って正式に付き合う事になりました。本当に、嬉しかったな……」
美晴は、璃子に興味がないと言っていたし、結婚してから璃子がいる実家に寄り付かなくなった。これは、どういう事だろう。興味がないとはいえ、実家に顔を出さなくなるのはおかしい。まるで、璃子を避けているような行動だ。
「璃子は、本当に優しい子だったんです。ボランティアサークルでも、彼女が一番真剣に取り組んでいました。子ども食堂の手伝いや、ネグレクトされてる子供に勉強を教えたり……レース編みが得意で、子供が出来たのが分かってから子供の為に靴下とか色々編んでて……」
祥平は、唇を噛んだ。彼は、真剣に璃子の事を愛していたのだろう。その愛する人を奪われ――汚されて、怒りをどこに向けていいのか、分からないようだった。
「美晴さんは、どうして璃子さんを避けていたんですか?」
篠原と、櫻子が一番知りたかったことだろう。美晴は、何故教育実習で一緒だった璃子を避けるのか。その理由が、全く分からなかった。
「俺も、はっきりした理由は分かりません。でも、ちゃんと結婚式には参加してくれました。それに、工場には顔を出して慣れない工場の手伝いをしている璃子の体の事を、俺に「大丈夫?」って聞いてくれたりしていました。父さんは、結婚しない女の僻みだと言っていましたが、そんな事はありません。父の方が、姉に興味がないんです」
祥平は、姉と仲が良いのだろう。父親が悪しく姉の事を言うのを、嫌がっているようだ。
「それに、璃子も本当に姉を慕っていました。姉の為に毎日弁当を作るので、それを俺は毎日ここまで届けに来てました」
「毎日?」
それには、驚いた。避けている人の為に、彼女は奉仕ともいえる行動をしていたのだ。
「姉は、自炊はほとんどしません。作品に没頭すると、食事を摂らない時もあるんです。俺と両親の弁当を作るついでだから、と璃子は毎日作っていたんです。毎日同じ時間には届けられませんでしたが、十二時から十三時三十分くらいにはここまで持ってきてます。ついでに作品の加工の依頼があれば、受け取ってましたんで。昼の一食でも食べてくれれば、少しは安心です」
篠原は、タブレットを取り出して羽場の死亡推定時刻を確認する。死後硬直と直腸温度で算出したのは、十時二十分から十一時二十分の間。胃の中は、未消化のクロワッサンとスクランブルエッグとサラダらしい野菜。そして、珈琲と直前に飲んだだろうコーラ。事件の繋がりは分からないが、ラブホテルから女が出る姿が確認できてないので、あの画像の女が美晴だと考えると無理を感じる。
「すみません、五月十五日の金曜日――先週の金曜ですが、その日は何時くらいにここに来られました?」
「金曜ですか? ――ええと、確か取引先に納品があったので、その日は先にここに来たので……十二時少し前だったと思います」
祥平の言葉に、美晴の疑いはより薄れる。
「すみません、ちなみに――」
タブレットの画面を変えながら、篠原は言い難そうに璃子の解剖所見の画面を開いた。
「十八日月曜……昨日ですね。璃子さんが亡くなった日の、十五時から十六時までの皆さんの行動を教えてください」
「最初に会った刑事さんにもお話しましたが、璃子はその日は昼前から定期健診だったんです。俺と親父は昼飯を食ってから、工場で従業員と仕事していました。母は、発注の伝票をまとめていました。俺達が出かけていないのは、従業員が証言してくれると思います。姉は、その時間辺りメッキの依頼に工場に来ていました。母さんと話していたと思います」
「分かりました」と呟いて、篠原は無礼を詫びた。
「ちなみに璃子さんは、美晴さんの事をなんと言ってたんですか?」
「尊敬してると言ってました。自分のやりたい事を真っ直ぐに取り組む姿に、憧れていると」
美晴は、教師になる事に挫折したと言っていた。その嫌な思い出が、璃子を見ると思い出すのだろうか。それで、避けていただけなのだろうか?
「ごめんなさい、待たせたわね」
「刑事さん、話はそれだけです。聞いて下さり、有難うございました」
そこに、櫻子が姿を見せた。祥平の姿を確認すると、櫻子は僅かに頭を下げる。祥平も櫻子と篠原に頭を下げてから、自分の乗ってきた軽自動車に向かった。
「話の内容は?」
祥平の車が山を下りるのを見送って、櫻子は篠原に尋ねた。篠原がポケットからボイスレコーダーを取り出して、嬉しそうな笑みを浮かべた。




