疑惑・上
宝塚駅に着き梅田まで帰ろうとしたが、突然篠原が「行ってみたい店があったんです」と、駅近くの洋食屋さんへと櫻子を誘った。洋食やハンバーガーが人気の店で、夜はパブになるらしく店内はシックでお洒落な内装だった。アボカドチーズバーガーがおすすめだと言われ、二人はそれと珈琲を頼んで席でゆっくりと落ち着いた。
「これが、指輪の拡大画像です」
先に運ばれた珈琲を一口飲むと、篠原は笹部に渡された監視カメラの静止画像が映るタブレットを差し出した。櫻子はそれを受け取り、まじまじと眺めた。
「アンティーク調のジュエリーね。金で作られてるみたいだけど……石は無色? 水晶かしら……あら? 青?」
何点か貼られた静止画は、指輪に付いている石が透明に見えたり青く見えたりしている。櫻子は馴染み無い宝石のようなので、不思議そうに首を傾げた。櫻子よりもっと宝石の事を知らない篠原は、黙って櫻子の呟きを聞いていた。
「笹部さんが似たデザインがないか調べてくれましたが、分かりませんでした。画像が荒いのがやはり大きいみたいで……ですが、続けて調べてくれてます。もしこれが有名な作品だったりアンティーク作品だと、調べるのが楽だと言われてました」
「そう、分かったわ」
「それと、ネットで調べた羽場という人物ですが……証券マンとして、かなり成績のいい人みたいです。大口の顧客も何件か持っているようで、社内では毎月成績トップで表彰もされています。その結果、三十七歳の若さで本店営業部の部長との事です」
年功序列が薄れつつある令和の今らしい、実力重視の会社の様だ。しかし本店でこの若さの営業部長は、まだそうそう居ないだろう。
「結果、社内では嫌われているみたいですね。顧客の奥さんに手を出したり社内ではセクハラが多く、男性社員にも女性社員からも嫌われています。ですがやり手なので上が働いて、苦情が出るともみ消ししているそうです。顧客も、彼が勧める株式は値上がりする銘柄が多いらしく、奥さんを寝取られても結局苦情を言う事が少ないようです」
殺された羽場は、少なからず殺されても仕方ない恨みを持っているのかもしれない。英雄色を好むと言うが、仕事が出来る男は性欲が強い事が多いという話をよく聞く。絶対とは言えないが、仕事に対する興奮が性欲と繋がるらしいのだ。なので、『監視カメラの女』と『毒殺』という犯行から、女性が絡む恨みを連想してしまう。
「毒殺の犯人に女性が多いと言われるのは、どうしてだと思う?」
櫻子は、店員がハンバーガーを置いて席から離れてから、篠原に尋ねた。篠原は大きなハンバーガーに笑顔を見せたが、突然の質問に困った表情になる。
「ええと……」
そんな事を考えたことない篠原は、頭を抱えて悩むが答えが出ない。
「実際は、そんなにないのよ。日本での毒殺事件で女の犯人が多い、という統計は。海外では中世ヨーロッパの貴族の間で流行ったりしたから、そのイメージが根深くあるのかもしれないわね。女が毒を使うのは力が弱いから、とか言うけど毒なんてそう簡単に手に入れられないもの」
確かに、毒殺をしようと思ってもどこで毒を手に入れればいいのか、篠原には思いつかなかった。
「今は、人体に害のある成分が多いものは管理が厳しいの。農薬も買う時に本人確認がいるし、科学系の実験でも使用者は名簿で管理されてるわ。解体に免許のいる河豚や、自然に生えているトリカブトや夾竹桃も、余程の事がない限りは使えないし確実に殺せるか分からない。今劇物が自由に取り扱えない中、何故シアン化合物なのかしら……?」
櫻子は独り言のように呟いた。間違いなくあの監視カメラの女が犯人だろう。だが、ドアのロックの三十分ほどの矛盾と、ホテルを出る姿が見つからない理由もまだ分からない。
「一条課長。不思議に思いませんか? どうしてネットで、もみ消しているのに彼が嫌われてると分かるのか」
悩んでいる櫻子に、篠原が珍しく質問した。
「そうね、そう言われればそうだわ。聞き込みに行った天満署の人に連絡して、彼の事聞いたの?」
意外そうになる櫻子に、篠原は首を横に振った。
「いいえ。彼のせいで、女の人が一人死んでるんです。それで、ネットで彼の事が書かれていたんです」
篠原の意外な言葉に、櫻子は驚いた顔を見せた。




