過去・下
櫻子は、まず捜査課全員に景光が殺害した被害者の家族への報告に回らせた。そして、鑑識と科捜研が上げた資料と裏取りをする班も作り、竜崎一家殺害の件は一先ず置いておくことにした。捜査一課全員竜崎の事が気になっていたが、管轄が違う事で情報がなく動く事が出来ないので、先に起きた事件を片付ける為素直に櫻子の指示に従った。
景光は無秩序型だったので、証拠が幾つかすぐに見つかった。しかし、やはりスマホは発見されなかった。病院の診察券なども見つからず、現状景光の単独犯だと決めるしかなかった。
アヤナの部屋からは、今まで執着していたホストと思われる写真の束が山のように出てきた。部屋は脱ぎ散らかした服に腐敗している飲食物、埃まみれの床。いわゆる『汚部屋』の中、壁には沢山の流星の写真が貼られていた。最早、狂気を感じるほどの量だ。
遺体を発見してからしてから彼女の身内も探したが、中々見つからない。戸籍を調べてみたが、親は死亡している。親戚と思われる人物から何の連絡もなく、多分無縁仏として孤独にこの世から忘れられるだろう。
「ボス、そろそろ時間じゃないですか?」
宮城の机でマスコミに発表する為の彼の原稿を作成していた櫻子は、笹部の言葉にはっとして時計を見た。もう、12時を少し過ぎていた。
笹部は、捜査課にいる櫻子に付いて来て応接用のソファに座り、ノートパソコンに向かっていた。
「篠原君の事だから、宮城さん起こして来てくれるでしょうね。そろそろ、お昼休憩にしましょう。笹部君も、キリが良い所で作業止めてね」
「はい」
マスコミはすでに景光の食人行為に気付いていて、週刊誌や新聞に書かれている。それは、隠さずに発表するしかなかった。それが殺人の動機の一つだからだ。しかし、どうしても櫻子はそれを公表するのが心苦しかった。景光の年老いた両親と、知らなかったとはいえ自分の為にその行為をさせていた姉の事を思うと、ひどく悲しく思えるからだ。しかし、殺害された被害者には加害者の動機は関係ない。彼に殺された事実は、確かなのだから。人を殺した罪は、償わなければならない。
どんな理由があっても、人を殺してはならない。それは刑法199条に殺人罪に関する刑法が書かれている。しかし、何故『人を殺してはいけない』か、は書かれていない。これは、人間のモラルからによるものだ。理由がどうあっても、殺すことは禁忌。
だから、正直に事件の経緯を話すことが警察官の任務であり、人間としての常識なのだ。
「司さんの家族は、今日の午後からこっちに来られるそうです」
ふと物思いに沈んでいた櫻子に、笹部はそう言ってパソコンの電源を落とした。櫻子は手にしていた万年筆を僅かに止めたが、直ぐに続けてそれを紙に走らせた。
「そう、私も時間が出来たら病院に向かうわ。竜崎さんは、まだ目を覚まさないの?」
「病院からは、何の連絡ありませんね――司さんの様に、現実逃避して起きれないのかもしれませんね。そうなると、やりきれないですね」
親を殺された櫻子には、それは十分に分かる。菫が死んだ時も幸也が殺された時も、あまり記憶にない。多分、篠原の姪の唯菜もそうだろう。だが、ごく普通の家庭で育ち、陰惨な事件に対峙してもあまり感情を見せない笹部にしては、珍しい言葉だった。
「警視! 伊丹警察署から連絡がありました! 阪急伊丹駅の駅のゴミ箱から、瞼と耳が発見されたそうです!」
捜査課に鳴った電話に出た森が、電話口を抑えて櫻子に向かってそう大きな声を上げた。
「科捜研で調べて貰ってから、改めて連絡して貰って。間違いなく、姉弟のものか」
「分かりました!」
森は櫻子にそう返事をすると、再び電話口に向かった。そこへ、宮城と篠原が戻って来た。二人は眠そうだったが、ちゃんと寝ていたことに櫻子は安心した。
「おはよう。ランチを食べてから、記者会見をするわよ」
それでもこれからの事を考えると、櫻子は浮かない顔でそう二人に話しかけた。




