プロローグ
その口元は、笑みをたたえていた。
先ほどまで暴れていた人間は、いつの間にかぐったりと静かになっていた。辺りは、血の海だ。微笑む人物は、転がる死体から溢れる血を頭からかぶっていた。
恐怖に慄く体で抗うのを抑え込んで、買ってきたばかりの包丁で夢中になり時間を忘れて永遠の様に刺した。その刃は骨に当たってボロボロと刃こぼれをして、床に転がっている。
早く床を拭かねば、と思うが甘く芳醇な血の香りは自分を若返らせているようで、うっとりとその香りに浸ってしまう。
また、褒められるかもしれない。
そう思うと、ますます笑みが止まらない。人間を刺すのは、とても体力を使う。とても辛い作業だが、それを補う喜びがあった。
ピロン
電子音が、静かな部屋に鳴った。確認しようとしたが、血まみれの手に気付いてロック画面に表示された画面を覗き込んだ。
『初めまして、死……』
SNSの、ダイレクトメールの一部が表示されて消えた。
取り敢えず、これを片付けなければ。そうして、お風呂に入り綺麗になってからする事が沢山ある。
自分の脇に置いてあるのこぎりを手にして、ゆっくり立ち上がった。
雷が遠くで鳴っている――大粒の雨も、降ってきたようだ。雨音が、閉められた窓に当たる音が聞こえる。
ああ、厄介だな。
そう思いながら、目の前のもう動かない足の付け根に、のこぎりの刃先を当てた。
点けっぱなしだった扇風機の風で、部屋のテーブルの上のコップの横に置かれていた紙袋が、風に舞った。
『不安な時のお薬』
そう書かれた紙袋は、壁まで飛んで床に落ちた。




