89.出稼ぎお疲れ様会
女が歩いていた。
目的の場所を目指して突き進む。
思ったよりも仕事が舞い込んできた為、少し遅くなってしまったわね。
更衣室で着替えている時に、同僚に捕まったのも原因の一つだった。
あの冒険者がヤラシイ目で見てくるだの、ハゲの小言がうるさいだの、そんな愚痴を聞かされる身にもなってほしい。
適当に話を合わせれば向こうも満足してくれるとはいえ、どうしても嫌なら殴ってしまえばいいのにとも思う。
でも、それは一般的ではないと兄さんから止められている。
最初の頃は大変だったけれど、今はもう慣れたのでスルー出来る。
⋯⋯それでも酷い相手には手が出るけど。
そんな事はどうでもいいわね。
珍しく兄さん達が気に入っている、冒険者の所へ向かっていた。
最近ランクアップも果たしたうえに、斡旋した依頼先でかなりの額を稼いだらしい。
その打ち上げにお呼ばれした。
あの店は最近、どんどん新しいメニューが増えているから、お気に入りの店になりつつある。
何を食べながらお酒を飲もうか、そんな事を考えていると店の前へと辿り着いた。
少し身だしなみを整え、扉に手をかける。
◇
店の中に入ると、どのテーブルも人が座っていた。一目見て満席なのだと分かる。
その中から目的の人物を探すも、どうやら見当たらない。
確かにこの店だと言っていたのだけれど……。
困惑しながら扉の傍に立っていると。
不意に凄まじい冷気を感じた。
全身にトリハダが立ち、微かに震え出す。
「どいて」
その一言を聞いただけで、全身が凍りつくように感じた。
何とか体を動かし、道を開ける。
その横を、[血濡れの魔女]アナスタシア・ベールイが通り抜ける。
この感じは覚えがある。
彼女は今、かなり機嫌が悪い!
そんな彼女に、この店の主人の奥さんである、シャーリーさんが声を掛ける。
「アナちゃん、お帰りなさい。
ちょっとあっちの部屋に、行ってもらってもいいかしら?」
「⋯⋯?
キッチン、ですよね?」
「ええ、そうよ。
アイリちゃんも一緒にどうぞ」
シャーリーさんに促され、キッチンへと向かう。
今も尚、彼女から漏れ出る冷気が肌を撫でる。
さ、寒い……。
魔女が先にキッチンへと踏み入れる。
すると、先程までの冷気が嘘のように消えた。
原因はすぐに分かった。
「ソラ!シャロちゃん!」
キッチンの一角で、酔っ払っている2人に駆け寄る彼女の姿は。
普通の少女の様だった。
——————————————
「「カンパーイ!」」
風呂上がりに、シャロと共にキンキンに冷えた酒を飲み交わす。
ゴクッゴクッと口に含み、飲み込めば。
冷たい液体が乾いた喉を潤す。
半分程一気に飲みコップをテーブルに置く。
カッー!火照った体に酒が染み込むこの感じ、元の世界で見ていた、湯上りに酒を飲む大人達は、これを味わっていたんだな。
本来ならば飲めるようになるまで、後3年はあったが、ここは異世界、未成年飲酒なる単語は存在しない。
一息吐き、今度はゆっくりと残りを飲む。
シャロは既に2杯目に突入していた。
シャロはコップを用意しておかないと、平気で瓶をラッパ飲みする。
とはいえ、酒だけだとダメだよな。
何か腹に入れながらでないと、悪酔いしてしまう。
メニューを眺めながら、一杯目を終える。
……なんか増えてない?実際に作ってはいないが、こういうのがあるとアレックス君に教えたのがメニューに追加されていた。
やはり天才だったか……
アレックス君の才能に、俺は心の中に「ワシが育てた」おじさんを生やす事にした。
アレックス君はワシが育てた……。
さて、どれ食べようか。
やはりココは揚げ物か、焼きも良いな。ここら辺のキノコも久しく食べてないな。
メニューを睨みつけ、ぐぬぬと悩む。
そうしていると、シャロがメニューを取り上げ。
「キャロルさーん!
コレとコレとコレお願いしますねー」
「はーい、少し待っててね」
悩んでるうちにサッサと決められてしまった。
まぁいいか。
暫くの間シャロと呑みながら時間を過ごす。
そうしていると、次第に店が混み始めて来た。
おお、繁盛しているな。
シャーリー亭は今日も大繁盛なようだ。
直ぐに席も埋まっていき、騒がしくなり。
それに伴い、酔っ払い共が絡んでくる。
「よお、ソラにシャロ。長い間何処に行ってたんだ~?」
「ランクアップしてすぐ遠出とはやるじゃね~か」
「お祝いに一杯奢ってやろう」
ゾロゾロと酒を片手に、酔っ払い共が集まりアレコレ言ってくる。
俺は簡単に経緯を明かす。
「鉱山都市まで出稼ぎに行ってたんですよ」
「鉱山?ああ、10年単位のあれか」
「時期的に、[鉄]になりたてなら丁度いいか」
「なるほど、それはそうとシャロを止めてくれ2杯目奢らされそうだ」
シャロに奢るとか言うから……。
そんな感じで、酔っ払いの相手をしつつ、アイリさんが来るまで時間を潰した。
◇
そして俺とシャロはキッチンへと追いやられた。
「満席になったから移動してね?」
シャロのお母さんによる一言で、俺達は移動を余儀なくされた。
キッチンの片隅で、シャロと料理をつまみながら吞み続ける。
そうしていると、キッチンの入り口から。
「ソラ!シャロちゃん!」
久しぶりに訊く声がした。
アナが2人立っていた。……なぜアナが2人も。
アルコールに浸った、脳みそをフル回転させる。
いや、片方はアナじゃ……ない?
だ、誰だ……。いや、アイリさんか?視界が揺れて良く分からん。
「アナちゃんにアイリさん!いらっしゃ~い」
アナとアイリさんか。俺は言う。
「ただいま、アナ。
アイリさんも来てくれたんですね」
「フフフ。
そお?ソラもお帰りなさい」
「お邪魔します?」
2人を打ち上げの席に加え、再度乾杯の音頭を取る。
「えー、それでは無事に帰ってこれた事を祝って」
「「「「カンパ~イ!」」」」
カンッと4つのコップを打ち鳴らす。
◇
「え!?そんな事があったんですか?!」
「へー、大変だったんだね」
俺はアナとアイリさんに、今回の依頼で起きた出来事を話した。
アイリさんは驚愕し、アナはニコニコ聞いていた。
この差よ⋯⋯。
アナの倒した、デカイロックタートルに比べたらインパクトは無いよな。
「そんな訳で、かなり儲けられってわけ」
一通り話を聞いたアイリさんが頭を下げた。
「ごめんなさい。
まさか私が教えた依頼で、そんなことが起こるなんて⋯⋯」
「たまたまでしょー、気にしなくていいよー」
「そっ、シャロの言う通りですよ。
死んだ訳じゃないので、お気になさらず」
「⋯ありがとう、2人とも」
そんなやり取りを、アナはニコニコしながら見ていた。
「アナは何かあったりしたか?」
「聞いてくれるの?」
「え、あ、うん」
アナの目からハイライトが消え、ビクビクしながら俺は頷いた。
なにか癇に障ることをしただろうか⋯⋯。
「ここ最近ね。
ずーっとアネモス家に呼ばれてて、例のなんちゃらについて調べろだの、怪しい拠点があるから潰してこいだの、あのロックタートルの現場検証に駆り出されたりで、宿に戻ってもソラとシャロちゃんは居ないからどんどんストレスが溜まっていって、アイツはいちいち小言を言ってくるしで、あ゙あ゙ー!!って感じだったかな」
そう捲し立てると、コップの中身を一気に飲みほし、ダンッとテーブルに叩きつけた。
アイリさんがビクッとして同情する。
「た、大変でしたね⋯」
[白金]ランクともなると、領主から直接依頼が来るんだな。
めちゃくちゃ大変そうだけど。
シャロがアナに抱きつき頭を撫でる。
酒瓶片手に。
「頑張ったねー、おーヨシヨシ」
「フフフ。ありがとう~」
⋯⋯よし、行くか。
俺も混ざる為に席を立つ。
すると肩をガッと掴まれ、切羽詰まった声が聞こえてきた。
「ソラ、料理作るの手伝って」
アレックス君からのヘルプ要請。
アレックス君はワシが育てた⋯⋯。
こうして夜は深けていく。
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