9.上位種・ハイゴブリン
ゴブリンを倒した俺達は、街に帰還するべく森の中を歩いていた。
「うーん、いないなー」
来た道を戻りながらワイルドボアの痕跡を探していた。
一度通った道だし、みつかったらラッキー位の気持ちだったんだが、見つからんな。
「やっぱり此処まで見かけないのは変だよ」
シャロも疑問に感じていた様だ。
普段親父さんと狩りをしているシャロからしても、此処まで遭遇しないのは不自然らしい。
深く考えないようにして、今日はそういう日なんだろうと思うことにした。
メイン盾のシャロを先頭に森を進んでいると、先ほどのゴブリンを見つけた時の様に、急に足を止め。姿勢を低くした。
「どうした?」
一瞬遅れて俺もその場にしゃがみ込みながら、側に近寄り尋ねる。
「⋯⋯⋯⋯」
シャロが無言で指さした先に⋯⋯、居た。
ゴブリンが2匹。
遠くの木の陰に2匹が佇んでおり、俺達にはまだ気づいていない様だった。
先ほど戦ったゴブリンと同じように緑色の肌に醜悪な顔をしているが⋯⋯。
普通のゴブリンとは違う見た目をしていた。
片方は先ほどのゴブリンと同じ見た目と身長だが。
ローブの様な布切れを着ており、長い木の棒を持っていた。
顔も心なしか知的な感じがした。
気のせいかもしれないが。
問題はもう1匹の方で、身長が俺よりも高く。
遠目からでも分かる位に、大柄でがっしりとした体格をしていた。
オマケにどこで手に入れたのか、太い棍棒が握られていた。
流石の俺でもわかる。
⋯⋯あいつらは他のゴブリンとは違う。
記憶を思い起こす。
⋯⋯多分ハイゴブリンという奴だろう。
ギルドで開かれている講習で聞いたことがある、ゴブリンの上位種と呼ばれる魔物だったか。
上位種。
自然発生する魔物の中から突然変異や、何らかの要因で進化した魔物の事だ。
上位種が生まれると同種の弱い魔物を配下に置き、群れを作ってしまう事がある。
オマケに上位異種が居ると同種族の魔物の出現率が上がる様で、放置するととんでもない数になってしまう場合もある。
その為ギルドでは上位種の存在を確認し次第、冒険者に依頼が出され。発見した周辺を捜索し討伐する決まりになっている。
ハイゴブリンの討伐は本来[鉄]ランク以上の冒険者が受ける依頼だ。
間違っても[銅]ランクに依頼がいくことは無い。
無いのだが⋯⋯。こうやって不意に遭遇する可能性は十分にある。そしてそれが今だ。
さーて、どうしようか。近くの茂みに隠れ息を殺しながら観察する⋯⋯。
なんだか2匹で話し合っているようにも見える。
「どうするー?」
「うーん、出来れば戦闘は回避したいがなぁ。シャロはどうしたい?」
流石にシャロも今回は戦闘を避けるだろうと思い意見を聞いてみる。
「えー?うーん⋯⋯。
いけると思うよ、怖くないし」
⋯⋯マジかコイツ、やる気満々やん。相変わらず怖い物無しだな。
とは言え流石に勝算もなしにそんな事を言っているんじゃないだろうし、何か考えがあるんだろう。
「何か案でもあるのか?」
「完璧な案だよ!
あたしがハイゴブリン抑えてるから、その間にもう1匹をソラが倒す。
んで、その後ハイゴブリンを2人掛かりで倒す」
⋯⋯何時も通りの作戦だった。なーにが完璧だ。
シャロが耐え、俺が削る。今までそうやって来た。
確かに今まではそれでどうにかなって来たけども⋯⋯。
「いけるか?」
ハイゴブリンじゃない方は普通のゴブリン⋯⋯だよな?。
持っている武器が気になる。
さっき倒したゴブリンの持っていた棒よりも長いしちゃんとしている気がする。
杖っぽい感じがするし。
嫌な予感しかしないぞ。
「⋯⋯もしかしてあいつも上位種?確か派生で、ゴブリンメイジってのが居た気がするが」
シャロはその事に気づいているのだろうか?。なんかあのゴブリンの顔が更に賢く見えて来た。
「ゴブリンメイジなら魔法が使える以外は、普通のゴブリンと変わんないはずだけど?」
「あー、確かにそんな事を聞いたような?」
それならいけるか?⋯⋯いやいや魔法を使ってくる魔物なんて相手したことないんだが。
「心配性だなー。
魔法が来てもガッといってグッと耐えればいいんだよ」
何も伝わらん。
「無茶はなるべくしたくないだけです~。俺は生きたいんだ。生きていつか素敵な恋人を作って、子供や孫に看取られながらベッドの上で死ぬのが理想なんだ」
「冒険者は、冒険中に死ぬことが多いんだよ?」
身も蓋もない事を⋯⋯。
いいさ、今回は無茶をしてやろう。
どっちみち迂回している間に、後ろを取られて襲撃される可能性だってある訳だし。
息を整え、剣を鞘から抜き。
盾を構え、覚悟を決める。
「じゃあ、デカい方は任せるぞ。」
「オッケー!任せて!」
シャロが直ぐに茂みから飛び出しハイゴブリン達にその姿を晒す。
2匹はいきなり現れた敵に驚いていた。
「へいへ~い!こっちだよ~」
盾を斧でガンガン叩きながら俺から距離を取る。
背の低いゴブリンがシャロを指さし何かを吠えた。
ハイゴブリンが頷き、シャロに向かってこん棒を振り上げながら駆け出した。
ある程度離れたタイミングで茂みから飛び出し。
背の低いゴブリンに向けて手を向け魔法を放つ。
「〈盲目〉!」
突き出した掌から魔法陣が浮かび上がり黒い靄が放たれた。
シャロの方を向いていた小さいゴブリンは突然視界が奪われた事に驚き。
手に持つ長い棒を滅茶苦茶に振り回しパニックを起こしていた。
ハイゴブリンが背後の異変に気付き、一旦足を止めた。
⋯⋯ちょうど視界の先に俺がいた為か、目線が合う。
敵意の籠った目を向けられ、俺の体が一瞬硬直した。目こわ!
「〈挑発〉!」
即座にシャロがハイゴブリンに対して〈挑発〉を行う。
〈挑発〉の効果で強制的に、相手の敵意を自分に向けることが出来る。
それにより、ハイゴブリンは俺から視線を外し、再びシャロに向かって行った。
「やばい!」
俺はハッとし。
すぐに動き出したが、〈盲目〉の効果が切れてた背の低いゴブリンが俺に棒を向け何か喚いた。
棒の先端に赤く輝く魔法陣が浮かび上がり、拳程の大きさの火球が出現していた。
ちっ⋯⋯コイツも上位種のゴブリンか!心の中で舌打ちし。構わず距離を詰める為にスキルを発動させる。
「〈加速〉!」
〈加速〉の効果により体が身軽になり、一気に駆け出す。
その間にも、火球は大きさを増していき、人間の頭ほどの大きさになっていた。
残り5メートルの距離まで近づいた時、ゴブリンメイジは火球を放った。
目の前に迫る火球に対して、何とか左手に付けていた盾で受け止める。
盾に当たった火球が爆発し、体が後ろに流されそうになるも、足に力を込め踏みとどまる。
左腕が爆発の衝撃と熱による鋭い痛みが走る、口から苦悶の声が漏れ出る。
「ぐぅっ⋯⋯」
爆発の衝撃で、視界がチカチカと煌めいたが、無理矢理体を前に動かす。
必死で足を動かし。
剣の届く距離まで詰める。
痛む左腕も使い、両の手で剣を握りしめ⋯⋯。
剣を振りかぶり。
――力任せに一気に振り下ろした。
ゴブリンメイジは、振り下ろされる剣を棒で防御するも、剣の勢いに押され。
そのまま、斜めにゴブリンメイジの体を切り裂いた。
ゴブリンメイジは膝から地面に崩れ落ち、前のめりに倒れる。
地面に倒れたゴブリンの背中に、剣を突き立て息の根を止める。
「⋯⋯よし!待ってろシャロ」
直ぐに踵を返し駆け出す。
ーーーーーーーーーーーーー
レベルが上がりました。
ーーーーーーーーーーーーー
「今ぁ!?」
不意に頭の中に響く声。
レベルが上がるタイミングは全ての戦闘が終わってからでなく、個別で倒した段階でも容赦なく上がる。
上がるだけならいい。
その後が問題だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈闇の棘〉を獲得しました
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おぉぉおほっ!」
魔法やスキルを新しく覚えた時に起こる現象。
脳を直接握られるような痛みが走る。
シャロがハイゴブリンを一人で抑えてるんだ、これ位の痛みは気合で我慢してやる!
気合で痛みを我慢し、痛む左腕をハイゴブリンに向ける。
「〈盲目〉!」
掌から魔法陣が浮かび。
魔法陣より打ち出される黒い靄が、ハイゴブリンの顔を覆う。
視界を奪われたハイゴブリンが、出鱈目に棍棒を振り回す。
滅茶苦茶に棍棒を振り回すハイゴブリンから離れ。
シャロが駆け寄ってくる。
〈盲目〉で時間を稼ぐ間にポーションで左腕を回復しておこう。
事前に腰に差していた、ヒールポーションを左腕に掛け火傷の痛みを和らげる。
完全に治るには時間がかかるが今はこれでいい。
「うへ~、腕痛いしキッツいね~」
そう言うシャロの盾は、ベコベコに凹んでおり。
ハイゴブリンの攻撃が苛烈であることを示していた。
「ほら、お前も使え」
「ありがとー」
シャロと合流し、ヒールポーションを渡し回復するように言う。
シャロは腕に半分掛け残りを飲み干す。
そうしていると〈盲目〉の解けたハイゴブリンは、目の前に獲物が居ないのを知り周りを見渡し、俺達を見つけると咆哮を挙げた。
ガアアアアアァアアア!
「よーし、一気に決めるぞ」
「はーーい」
シャロの間の抜けた返事を聞き。
シャロの後ろに移動する。
防御は頼みます。
「〈挑発〉!」
「〈加速〉!」
シャロが〈挑発〉を発動させ、ハイゴブリンの敵意を引き付ける。
同じタイミングで〈加速〉を自分に掛け攻撃に備える。
〈挑発〉を受けたハイゴブリンが、棍棒を振り上げ襲い掛かって来た。
シャロも駆け出し、距離を詰める。
振り下ろされた棍棒が、盾と衝突しドゴンと鈍く重い音が響き渡る。
シャロは体勢を崩さずに、踏ん張りながら楽しそうな笑みを浮かべていた。
棍棒を盾で受けたシャロは、盾を横に大きく振り棍棒を弾き返す。
棍棒を弾き返えされたハイゴブリンは、弾かれた衝撃で数歩後ろに下がるも、直ぐに体勢を立て直し、再度シャロに襲い掛かる為前進した。
「〈闇の棘〉!」
ハイゴブリンが動いたタイミングで、新しく覚えた魔法を唱える。
ハイゴブリンの足元に、黒く輝く魔法陣が浮かび上がり。
棘と呼ぶには太く長い、無数の漆黒の棘が魔法陣より飛び出し、ハイゴブリンの足を貫いた。
グガアアァア
突然の足下からの攻撃。
足に突き刺さった棘で、動きを止められたハイゴブリンが悲鳴を挙げる。
効果があるのを確認し、直ぐにシャロの後ろから飛び出しハイゴブリンへと詰め寄る。
シャロも〈闇の棘〉で動きを止めたハイゴブリンに盾を構えながら近づき、斧を振り上げる。
〈加速〉が掛かっているおかげで、シャロが斧を振り下ろすよりも速く、ハイゴブリンに詰め寄り。
体の横を駆け抜けるようにして、腹を両断する勢いで剣を真横に振り抜く。
肉を切る感触を手に受け。
即座に身を翻し、ハイゴブリンの背中に向けて剣を振り下ろす。
ほぼ同じタイミングで、シャロがハイゴブリンの首目掛けて斧を振り下ろした。
腹と背中。
そして首から紫色の血を吹き出し。
ハイゴブリンはその場に崩れ落ちた。
荒い息を整えるように細かく息を吐き出す。
終わってみれば、ほんの数十秒程度の時間だったが、長い時間戦ったような疲労感を体が包んでいた。
ーーーーーーーーーーーーー
レベルアップしました。
ーーーーーーーーーーーーー
頭の中に声が響いた。
おお、2連続でレベルが上がった
普通のゴブリンよりも経験値が大きいのだろうか。
シャロの方を見ると頭を抑えて悶絶していた。
多分レベルが上がって何か覚えたのだろう。
俺が見ている事に気付いたシャロは、口角を上げながら笑みを浮かべ、片手を挙げハイタッチを要求してきた。
「やったね!
あたしとソラどっちか、1人だけだったら死んでたかもねー」
確かに。
シャロがハイゴブリンを、1人で抑えてくれていたから、ゴブリンメイジを倒せたわけだし。
逆に俺が、ハイゴブリンを相手してたら多分普通に殺されて、シャロが2対1の状況になって全滅してたろうな。
まぁ、うまく相性が嚙み合ったってことで。
そんな事を思いながら、俺も笑みを浮かべて無事な右手を挙げる。
「イエーイ!」
パンッと小気味いい音を立てお互いの手を叩いた。
しかし疲れた⋯⋯。
上位種の魔物が出てしまった以上この場に長居するのは危険だな。
直ぐに街まで戻ることにした。
悠長に討伐部位や魔石を取る暇は無いので、そのまま〈収納魔法〉に2匹の死体を入れ、ギルドへの証拠として持ち替える事にした。
〈収納魔法〉ってホントに便利だな。
そうして俺達は急ぎ、街を目指して森の中を走り出した。




