8.醜態からの依頼
◇
ゴーン。
朝の鐘が鳴る。
鐘の音が聞こえると、起きる体質になってしまったのか。
体を起こし伸びをする。
うーん⋯⋯
何故か体中がバッキバキだ。
⋯⋯なんで俺は床で寝てるんだろうか?。
たしか昨日の夜は⋯⋯。シャロとシルバーファングの面々と一緒に夕飯を食べたな。
その時に初めて酒を飲んだとこまでは覚えているが⋯⋯。
異世界だし飲酒に関しての法律は無いからワインの様なのを飲んでみたが、5杯目位から記憶がない⋯⋯。
記憶が無い上に⋯⋯。
俺の視界に映るベッドには誰かが寝ている⋯⋯。
ベッドの側のテーブルには酒瓶とコップが二つ。
怖いなぁ⋯⋯。誰だろうなぁ⋯⋯と恐る恐るベットに眠る人物を見てみる。
そこには整った顔をした茶髪の女の子が寝ていた。
⋯⋯⋯⋯どう見てもシャロです。
しかし、慌てる様な展開ではない。
何故ならお互いちゃんと服を着ているからだ。
衣服の乱れなし!ヨシ!指差し確認をする。
朝チュン展開では無さそうなので、一先ず胸を撫でおろす。こっわぁ⋯⋯。
⋯⋯取り合えず起こすか。
「おーい、朝だぞー」
シャロの肩を揺すりながら声を掛ける。
少しの間そうしてると、まだ眠そうな声を出しながら目を覚ました。
「うー、もうちょっと寝かせて⋯⋯グゥ」
また寝始めた。うーん。
まぁいいかそのままで、午前中は特に予定なかったし。
ヴィーシュさんさんとこに預けた武器を取りに行くのも、午後からにしようって昨日話してたしな。
寝起きなので自分に〈清潔魔法〉を掛ける。
さっぱりしてから部屋のドアを開けると、そこには1人の男が立っていた。
身長は190センチ位あるだろうか。
着ている服は鍛え抜かれた筋肉でパツパツになっており。
半袖シャツの袖から見える腕はまるで丸太の様に太く数多くの傷痕が残っていた。
強面の顔がより一層険しい表情を示していた。
「⋯⋯おはようございます。シャロのお父さん」
「おはよう。付いて来い」
「はい」
シャロの親父さんは、顎をくいっと動かしてしてこっちに来いと示した。
抵抗することなく一階の食堂まで連行され隅っこの席に2人で座った。
「待ってください。親父さんが思うような事はありませんでしたし、娘さんをキズ者になんてしてません。確かに昨日の夜は一緒に酒を飲んだりしてましたが、一線を越えるような事はしていません。いや本当です!何にもしてないですって!シャロがベッドに寝て、俺は床で寝てましたし!本当なんですって。いやいや娘さんに魅力が無いとかそういう事を言ってるわけじゃないんですよ⋯⋯」
俺は必死で身の潔白を証明するべく言い訳を繰り広げた。
否定すると娘の魅力が無いのか云々言われ、肯定すると手を出したのかと言われ。
地獄の様な時間をシャロが起きて来るまで続ける羽目になった。
「んー? ソラが「床が冷たくて気持ちー」って言って。そのまま先に寝始めたから、あたしはベッドで寝ただけだよー?」
初めての飲酒で醜態を晒すのはどこの世界でもある事なんだろうな。
「⋯⋯まぁいいだろう。次からは気を付けて飲むんだぞ。分かったな?」
そう言って俺の肩に手を置きギュッと力を込めて来た。
ゆ、指がめり込む⋯⋯!手を離すとそのまま奥の部屋に戻っていった。
そのままシャロと二人で朝食を食べながら武器を取りに行く、時間まで何をするか話し合いギルドに行って訓練する事に決めた。
武器が無いから依頼も受けれないしな。
◇
ギルドの訓練場に到着する。
早速シャロと模擬戦闘を繰り広げたが俺の攻撃は全て盾に阻まれた。
弾かれたり。受け流されたりしながら訓練用の木斧で滅多打ちにされることになった。
傷を作る度に近くで待機している、ヒーラーの方が回復魔法を掛けてくれる。
回復魔法は使えば使うだけ、上限はあるが回復量が増えるらしい。
ギルドの訓練場が回復魔法の修練に使われている様だ。
なので訓練場で傷ついた人に辻ヒールをする事で、自身の回復魔法の修練を行う人が多い。
何故か知らないが、俺が訓練場に来ると2、3人近寄って来てローテーションを組まれ回復魔法を掛けられる。
タダで回復してもらっているので文句は言えないが。
「今日は骨折る位がんばるの?」とか聞いてくるのは正直やめてほしい。
シャロとの模擬戦でぼろ雑巾にされる度、回復魔法を掛けられ復活しながら訓練を続ける。
こんな訓練を続けていたせいか痛みには大分慣れてきた気がする。
訓練用の武器で体を打ち付けられても攻撃を続けることが出来るようになっていた。
回復魔法ですぐ直して貰えると分かっていたからってのもあるだろうが。
日本に住んでた時の自分と比べて、考えられないくらいこの世界に染まってきた気がする。
日本に居た頃とは考えられないような訓練を終え。
ギルドを後にした俺達は、昨日訪れたヴィーシュ鍛冶屋へ向かった。
◇
「こんにちわ~」
扉を開け声を掛ける。
カウンターにはお弟子さんのカルマンさんが居た。
「いらっしゃいませ。えーと、昨日来てたソラ君とシャロちゃんだね」
「昨日預かってもらった、武器を引き取りにきました」
昨日預けた武器を引き取りに来たと告げる。
「師匠呼んでくるからちょっと待っててね」
俺達に待つように言って。
カルマンさんは裏に引っ込んでいった。
待っている間に周りの武器を見て時間を潰すことにした。
シャロは展示している盾を手に持って具合を確かめている。やめなさい。
「お母さんこれ買ってー」
「誰がお母さんだ、戻してきなさい」
「ちぇ~」
ブーブー言いながら盾を戻しに行った。
そんな事をしていると、武器を持ったカルマンさんとヴィーシュさんが奥からやって来た。
「よお。ほれ、ちゃんと仕上がってるぞ」
「ありがとうございます」
お礼を述べ。預けていた武器を受け取り鞘から抜き刀身を見る。
おぉ!輝いてる!うひょ~!
仕上がった武器にテンションが上がる。
「いい感じだねー」
シャロも気に入ったようだった。
俺たちの反応をヴィーシュは嬉しそうに見ていた。
「まぁ、次からは金を取るからな。そのうち他の武器も買えるように頑張りな」
そう言われた俺達は鍛冶屋を後にした。
武器の仕上がり具合を試すのは明日にしようと話しながら宿屋へと戻っていった。
◇
次の日
今日は前日に酒を飲まなかったおかげで、醜態を晒すこともなく。
朝からシャロと共にギルドの[銅]ランク用の掲示板前に来ていた。
「やっぱりホーンラビットかワイルドボア辺りでいいよね?」
「そうだな。そこら辺が無難だな」
無難とか言っているがぶっちゃけ、その2種類としか戦ったことが無いので実質2択。
「稼ぎが良い方ならワイルドボアの方が良いからそっちにするか」
「オッケー。じゃあ今日は限界までワイルドボア狩って。また飲み明かそぉー♪」
「⋯⋯程ほどでお願いします」
酒の味を覚えやがった。
前回の事もあるし、飲む量は考えて飲むようにしよう。
昨日は夕飯食べてる時も、シャロの親父さんがちょいちょい確認しに来てたし。
そう言えばなんだかんだと夕食は何時も一緒に食べてる気がするな。
準備は前日のうちに済ませておいたので、早速ワイルドボアが出没する森まで歩いて移動することにした。
◇
森の中ほどまで入りワイルドボアの痕跡を求め周囲を探していると。
なんだか違和感を感じて来た。
「ワイルドボアの痕跡少なくないか?」
前回は30分も探せばそれなりに見つかったが、今回は1時間位探しても見当たらなかったからである。
「うーん。なんか変だよねー」
シャロも何かを感じていた様だ。
他の冒険者に狩り尽くされたのか?森のワイルドボアを狩り尽くせる程の冒険者が[銅]ランクの依頼をするとは思えないんだが。
長居するのも危険な感じがした。
「もう少し探してみて、見つからないなら帰ろう」
「おっけー」
俺の提案にシャロも頷く。
もう少しだけ探索を続けることにした。
それからしばらく探していると。
「おっ、あれワイルドボアの足跡じゃないか?」
ようやく見覚えのある足跡を見つけることが出来た。
違和感も杞憂だったかと思いながら足跡を辿ることにした。
足跡を辿りながら少し開けた所を見つけた俺達は、別の魔物と遭遇する事になった。
出来るだけ音を立てない様に進んでいたのと、俺達が茂みで身を隠せるのもあってか、まだ気づかれてはいなかった。
「なあ、あれってもしかして⋯⋯」
俺の記憶通りならあの魔物はアレなのだが、念の為シャロに確認してみる。
「うーんと、ゴブリンだね」
「⋯⋯やっぱりか」
140センチ程の身長に緑色の肌。
醜悪な見た目をしており、日本に居た頃にファンタジー作品などで、見かけたゴブリンと変わらない魔物がそこに居た。
ゴブリン。
日本に居た頃色んな作品では、女を攫って繁殖する習性を持った魔物というイメージがあるが。
この世界ではそういう事は全く無く。
完全に人間と敵対関係にある魔物の一種だ。
人間を見ると老若男女問わず殺しに来る様な魔物だ。
なので冒険者もゴブリンを見かけたら積極的に討伐する事を推奨されている存在となっていた。
人間と敵対関係にあると言ったが、通常のゴブリンはそこまでの脅威ではない。
一般的に、5歳児並みの知能を持っており。
硬い毛皮や鱗が有るわけでは無いので、人間の様に簡単に刃物が刺さる。
だからと言って油断してると、痛い目を見る事になる時も有る。
通常は太めの木の棒を装備していることが大半だが、たまに何処で拾って来たのか分からない様な、
刃物を持っているゴブリンも居たりするからだ。
そんなゴブリンが3匹。
森の中の開けた個所で休憩をしているように座り込んでいた。
なんかギャッギャ言ってるが会話をしているのだろうか。
さてどうしたもんか⋯⋯
初めて遭遇する人に似た魔物に尻込みしていると。
「3匹かぁ、うーん。⋯⋯2匹はあたしが〈挑発〉で引き付けるから。その隙にソラが1匹仕留めて、その後残りの2匹をそれぞれで倒すってのはどお?」
シャロからの心強い返答。
ゴブリンが所持している武器も太めの木の棒だし危険は少ないか?
「あんな棒切れで、あたしの盾が壊れるなんてことは無いから大丈夫だよ!」
「⋯⋯なるほど。よし、それで行くか」
初めての人型の魔物との戦闘だ、気合を入れて臨まないとな。
俺は剣を鞘から抜き何時でも戦えるようにする。
シャロも盾と斧を構えお互い目で合図をする。
「よし、行くぞ!」
小声で合図をする。
俺は迂回するように移動してシャロに合図を送る。
俺からの合図を受け、シャロは茂みから出て姿をゴブリン達に現す。
「〈挑発〉!!」
3匹のゴブリンは、シャロから〈挑発〉を受ける。
3匹のゴブリンが一斉にシャロに気づき敵意を剝き出しにする。
「ギャギャギャッ!」
3匹の内の1匹がシャロを指さし、何か鳴き声を上げた。
アイツがリーダー格か。
そう思い、すぐに茂みから飛び出す。
シャロに指を指していた1匹に向け、俺は左手を向け魔法陣を展開し魔法を放つ。
〈盲目〉!
2匹は武器を取りシャロに向かったが、〈盲目〉を受けた1匹はパニックを起こしている。〈盲目〉を放ってすぐに、距離を詰める為にもう一つの魔法を唱える。
「〈加速〉!」
2匹がシャロに向かっている間に、視界を奪われたゴブリンに一気に距離を詰める。
剣の届く範囲まで肉薄し、直ぐ様ゴブリンの首目掛けて剣を横に振り抜き。斬り裂いた。
首を落とす事は出来なかったが、紫色の血が首から噴き出し体に降りかかる。うへーきっしょ。
ゴブリンが咄嗟に首を抑え胴体ががら空きになっている間に、胴体に向けて剣を突き刺す。
柔らかい肉の感触を手に感じながら剣の半ばまで突き入れ、そのまま剣を横に動かすようにして振り向く。
剣を抜き取りった切り口から臓物が零れ落ち。
⋯⋯そのままゴブリンは前のめりに倒れ動きを止めた。
倒れるのを確認し、直ぐにシャロに向かって駆け出す。
シャロは2匹のゴブリンの攻撃を難なく捌いていた。
俺が向かって来ているのに気付いたシャロは、1匹を盾で殴り飛ばし距離を作る。
残りの1匹の攻撃を盾で弾き、即座に構えていた斧を振り下ろした。
殴り飛ばされた1匹の方に向かい。
⋯⋯剣を肩に構え、助走を付け一気に振り下ろした。
肩から斜めに振り下ろした刃は、ゴブリンの体を切り裂き血しぶきを上げる。
⋯⋯息を整えながら周り見渡す。
シャロの側にいたゴブリンは斧が頭に突き刺さっており、地面に倒れていた。
ふーっと一息ついてシャロに歩み寄る。
「不安だったけど何とかなったな」
「ゴブリンと戦うの初めてだったけど何とかなったねー!」
笑いながら、ゴブリンの頭を踏みつけながら斧を引っこ抜いていた。
相変わらずこいつは怖いという感情が無いのだろうか⋯⋯。
「⋯⋯そういえば、ゴブリンの討伐って素材どうしたっけか」
「お父さんが言ってたけど、ゴブリンはねー。基本的に魔石と討伐部位の右耳だけ持っていけばいいんだよー。それ以外は使い道ないし。お肉も美味しくないんだって~」
あー、なんかそんな感じだった気がする。
ゴブリンの肉は不味くてとてもじゃないが食用には向かないんだっけか。食う気しないけど。
ゴブリン討伐なんて[銅]ランクの依頼では、見かけなかったから詳しくは覚えてなかったな。
しかし、魔石と右耳か⋯⋯。
人間に近い見た目の魔物を解体するのは初めてだな。
⋯⋯え、解体しなきゃダメ?
躊躇っている俺を尻目に、シャロは1匹目の胸を切り裂き魔石を取り出していた。
相変わらず手際が良いな。
最初に倒したゴブリンの死体をシャロの近くへ持っていくことにした。
「ゴブリンの魔石はね、心臓の近くにあるんだってー。ここから、胸をナイフで開いてね〜」
2匹目の胸を開き、心臓近くの魔石を取り出しながら説明してくれた。おおグロい。
流石に1匹は自分でやらないと年上の威厳が保てないのでやることにした。
先ずは右耳をナイフで切り落として⋯⋯。
あぁ⋯⋯次は胸をナイフで切り裂いて。
うぇっぷ⋯⋯。血の生臭い匂いがするぅ。
えずきながら心臓近くにある魔石を取り出すことが出来た。
ギルドに収める魔石と、討伐部位を取り終わり一息つく。
うーん。ゴブリンの死体の近くでゆっくりするのもなぁ。
シャロはあんまり気にしてないみたいだし。
異世界ではこういうのが普通なのだろうか。
紫の血に染まった少女⋯⋯。逞しいが絵面が悪すぎる。
⋯⋯移動で。
当初の予定であるワイルドボアがまだ狩れていない。
体力的には余裕があるが街に戻ることにした。
「この森で、ゴブリン見るの初めてなんだよねー。他の人が見たってのも聞いた事ないし、なんでかな?」
何かのフラグが立った気がする⋯⋯。
出来れば何事も無く街に帰りたいな⋯⋯。
俺はそう思った。