78.不測の事態
外壁の向こう側から、雄叫びが聞こえてくる。
金属のぶつかる音、何かの爆発音、悲鳴、怒号、遠く離れているこの場所にも、その音は届いていた。
[鉱石喰らい]からの防衛戦が始まって、1時間程が経過していた。
時計が無いので、正確な時間は分からないが太陽の動きで、それぐらいだろうと推測した。
俺とシャロ、4人組のパーティは都市内をあっちへウロウロ、こっちへウロウロと彷徨い歩いていた。
避難が遅れている住民の誘導を任されたのだが、今の所逃げ遅れた住民は見当たらない。
仕方ないので、火事場泥棒の警戒も始めていた。
この世界は、全ての人間が〈収納魔法〉というチートスキルを所持しているので、貴重品から家具の類まで簡単に持ち出すことが出来る。
逃げる際も価値の高い物から〈収納魔法〉に入れていけば良いので、避難にもたつく事が無いのだろう。
そんな状況で火事場泥棒何ているのかと、疑問に思ったが、何もしないでいるのは前線で命を懸けている人達に対して、申し訳ない気持ちになるので、やるだけの事はやったという体裁を作るには、丁度良いのかもしれない。
そういった理由で俺達6人は、都市の中央を起点にグルグルと回るように見廻りをしていた。
⋯⋯何も起きない。
いや、何も起きいのはいい事なのだが、やはり前線の活躍に比べて、俺達の活躍が何も無いのは如何なものかと。
「なーんにも起きないねー」
シャロがブーブー言い出した。
それに呼応する様に。
「1匹位こっちに来てくれたら、俺が弓でバシ〜ッと仕留めるんだがなぁ」
「バカなこと言わないの」
「そ、そうだよ⋯⋯」
そんな会話が起きるくらいには、俺達は暇していた。
まぁ、4人組のリーダーの男は何かを考えてるみたいだが⋯⋯。リーダーに問いかける。
「⋯⋯何か気になるのか?」
「え?ああ、気になると言うか⋯⋯。鉱石喰らいは何で鉱山じゃなくて、都市に向かってきたんだろう、と思ってね」
「今回は偶然そうなったってだけだろ〜」
「そうかもしれないけど⋯⋯。何だか嫌な感じがしてね⋯⋯」
「お前の嫌な感じってのは、大体当たるからな〜。マジで何か起きるかもな」
狩人がハハハと笑い、リーダーの背中をバシバシ叩く。
「なんかあっても、俺達なら楽勝よ〜」
それを聞いた女性陣は、ヤレヤレと肩を竦めていた。
とはいえ、実際どうなんだろうな。
ヴァルカンさんも、こんな事は初めてだって言ってた訳だし。
鉱山都市が、鉱石を取り尽くしている事に気づいた?魔物がそんなこと分かるか?いや、ロックタートルみたいに、〈収納魔法〉内の鉱石を感知する何かを持ってる可能性もあるか。そうだったら何時も、鉱山都市を襲いに来るからそれは無いか?
答え何て誰にもわからんよな⋯⋯。
本当にただの偶然だといいんだが。
グルグル巡回している俺達は、一旦中央に戻ることにした。
外壁側からは、未だに戦闘音が続いている。
◇
中央広場に戻ってきた。
そこには何組かの冒険者が座ったりして、休憩を取っていた。
俺達も備え付けの、ベンチへと向かった。
その途中で足を止めた。
いや、正確には俺だけが足を止めた。
広場の中央に、黒いローブを着た人物が立っていた。
フードを深く被っている為、男なのか女なのか分からない。身長はそんなに高くなく、ローブを着ているせいで、体付きでの判断もできない。
さっき迄は居なかったそのローブの人物に、違和感を感じた。
その場に居る冒険者が、誰もローブを着た人物を気にしている感じがしなかった。
まるでそこに、誰も居ないように。
⋯⋯念の為、他の連中にも確認しておこう。
前を歩く5人に声を掛ける。
「なあ、アレ見えるか」
俺はそう言い、広場の中央に居るローブの人物を指差した。
「んー?アレってどれ?」
シャロが最初に反応し、他の4人も同じ様に口にする。
「なんかあんのか?」
「えー?どれ?」
「な、何も無いんじゃないかな?」
「僕もそう思うけど⋯⋯」
その瞬間、全身に鳥肌が立った。
誰もアレが見えていない?じゃあアレはなんだ、俺が再度そのローブの人物を見ると。
何かを手に持っていた。
あれは、魔石⋯⋯か?
遠目からでは正確に分からないが、魔石のように見えた。
その魔石は、何やら嫌な気配を放っている。
俺は咄嗟に叫んだ。
「敵だ!!」
俺の直感がそう判断した。
間違ってたら謝ればいい、もし幽霊なら⋯⋯考えないようにする。俺は幽霊の類は苦手だ。
俺の声が聞こえたのか、ローブの人物がゆっくりと俺に体を向け、手に持つ魔石を地面に叩きつける。
魔石は地面にぶつかると、パリンと軽い音を立てながら粉々に砕け散った。
その瞬間、先程とは比べ物にならない程の悪寒が全身を襲い、体が硬直する。
割れた魔石を中心に、禍々しい雰囲気を纏った魔法陣が出現する。
そこから、得体の知れない何かが這い上がって来た。
初めに見えたのは、茶髪で褐色肌の成人男性の上半身。
そして1対の鋏。
1対の鋏と男の両手が地面を掴み、魔法陣より更なる何かを引っ張り出そうと、その身体を持ち上げる様な動作をした。
徐々にその姿を表し始めた。
ソレは、男の肌と同じ色をした巨大なサソリの姿をしていた。
外骨格は岩のようにゴツゴツしており、1対の鋏は男の上半身と同じ大きさをしており、毒針の付いた長く靱やかな尾が二本。
サソリ部分はギルドの資料で見た事がある。
今この鉱山都市を襲っている、[鉱石喰らい]オルスコーピオンとそっくりだ。
そっくりだか⋯⋯、俺の知るソレとは大きく違う所がある。
男の上半身がサソリの頭にくっ付いている。
まるでアラクネ—女性の上半身に蜘蛛の下半身—の様な姿。
そして、本来サソリやクモの足とされる4対の歩脚、その全てが人間の手に置き換わっていた。
大きさも違う、本来オルスコーピオンの、大きさは1m前後で、最大でも2m位しかない。
それに対して、コイツは10mくらいの大きさがある。
⋯⋯いや、きっしょ!何その見た目!人間の上半身が生えてるくらいなら問題ないが⋯⋯、問題なくないなキモイわ。足が人間の手ってのもキモさを倍増している。
突然現れた魔物に、その場の冒険者たちは固まっていた。
サソリの魔物は咆哮上げる。
[KYAAAAAAAAAA!]
その声を聴いた瞬間、体が強張った。
ただの金切り声の筈が、全身に打ち付ける様なその声に俺は動けずにいた。
なんだ⋯⋯動きが止められた。
眼だけを動かし周りを見ても、全員その場で動きを止めていた。
⋯⋯たしか聞いたことがある、特定の魔物はその咆哮だけで、敵の身動きを封じる事が出来るスキルを使うという。
コレが《《ソレ》》か⋯⋯。
ヤバいな、身構えても防げないのか⋯⋯。
そんな俺達をシャロは不思議そうに見ている。
⋯⋯なんで?こいつ普通に動けてるの?
そんな状況でもシャロは自分の役割を理解し、動く。
「〈筋力増加〉!〈挑発〉!」
シャロは4人組から離れ、即座に魔物のヘイトを自分に向けた。
流石、我がメイン盾の恐怖心バグりガールシャロさんだ、こういう状況で頼りになり過ぎる。
⋯⋯よし!動けるようになった!
サソリの魔物はシャロに向き直り、今にも襲い掛かろうとしていた。
そういえばローブの奴は何処に。
当たりを見回したが、ローブの人物はいつの間にか消えていた。
逃げられたか⋯⋯、アイツはもういい、今はこの状況をどうにかするしかない。
俺は指示を飛ばした。
「シャロ!一撃受けて無理そうなら下がれ!戦える奴は構えろ!」
その場の全員が武器を構える。
俺は更に吠えた。
「死にたくないなら、戦え!行くぞ!!」
次回79.80.81と一気読み用にまとめたものもありますので、一気に見たいという方はそちらをご覧ください。




