71.出発前夜
アウラお嬢様の特訓を受けた俺は、抜け殻のように食堂の椅子に座っていた。
今日はもう何もしたくない⋯⋯。
全てを忘れる為に、酒をチビチビ呑みながら1人過ごしていた。
シャロとアナは朝から2人で出掛けた様で、まだ帰って来ていなかった。
仲良くしているようで良かった良かった。
シャロも同年代の子と一緒に居るの見かけた事ないしな⋯⋯・
⋯⋯俺も居なくね?あれ、なんか悲しくなってきたぞ⋯⋯。
一方的にボコボコにされて、メンタルが弱ってんのかな。
飲んで忘れよう⋯⋯。
俺はどう見ても、毒がありそうな色合いのキノコソテーを肴に、酒をチビチビ呑み続けた。
残り半分になった頃、勢いよく扉を開く人物が現れた。
シャロである。
「いた!ソラー」
「⋯⋯なんすか?」
「何しょぼくれてんの?まあいいや、それより見てー!」
シャロはフリフリの付いたワンピースを着ていた。
クルリとその場で回転し、その姿を披露する。
ほーん、珍しい。
普段は、動きやすさを重視した服装の方が多いので、新鮮に感じた。
「いいじゃん、可愛いな」
「でっしょ〜!アナちゃんと一緒に選んだんだ〜!」
「テンション高いな。というかそれ新品か?高かったろ」
この世界の服装は中古が多い。
工場で大量生産など出来ないので、職人による手作りが基本だ。
なので服は中古で買うか、家庭で母親に作ってもらうのが一般的となっている。
貴族や金持ちは、お抱えの職人がいるので中古を着るなんてことは無いのだろう。
なので新品の服は、結構なお値段で売られている。
買う時にサイズも直さないといけないので、その分も上乗せされてるのだろう。
その新品の服をシャロは着ていた。
どっからこの金を持ち出したんだ⋯⋯。
新しい盾の資金を貯めてる、とか言ってたが。それじゃないよな?
「実は今日ねー。ソラが出掛けた後に、アネモス家のセバスって人が来てねー。アナちゃんを外に連れ出してくれたら、新品の服を1着くれるって言われたんだよねー。それでー、指定された店にアナちゃんと一緒に行って服選んだんだー」
⋯⋯ほお?もしかして、アナが居ると俺を連れて行けないから、シャロを使ってアナを排除したって事か?アルコールに浸った脳みそをフル回転させながら、その答えを導き出した。
くるくる回ってるシャロの後ろから、美少女が歩いてきた。
そうアナスタシアである。
猫耳の付いたパーカーにミニスカート、そしてニーハイソックス。可愛いがすぎる。
パーカーのフードを被ったアナは、少し照れながら問いかける。
「ど、どうかな?///」
「さい&こう」
「さい?⋯⋯なに?」
「可愛すぎてヤバいってことだよ」
「そ、そうなんだ///ありがと⋯⋯///」
俺のメンタルは、今完全に回復したのであった。
俺が微笑みながら2人をみていると、アナがスンスンと鼻を鳴らす。
グイッと俺の首筋に顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。
おいおい、いきなり大胆だな。俺はアナの突然の行動に胸がドキドキした。
「⋯⋯あの女の匂いがする」
ドキーンッと口から心臓が飛び出そうになり、心の中で知らないハゲが「ファ〇キン!テンポ!」と心臓に怒鳴り散らす。それに答えるように心臓は鼓動を速くした。
確認の為に尋ねる。
「⋯⋯あ、あの女とは?」
俺の酔いは一気に覚めていた。
「また浮気したの?」
シャロがいきなり口を挟む。
「また?!またってなんだ!俺は1度もそんな事してないぞ!」
「マルコさんと一緒に、いかがわしいお店行ったんでしょ?」
「⋯⋯行、きはしたが。すぐ帰ったんで⋯⋯。何もしてないのと一緒ですし⋯⋯」
何でこいつも知ってんだ?チラリとアナを見ると、無言で首を振る。アナが教えた訳じゃないのか⋯⋯。
「な、なんでお前が知ってんだよ⋯⋯」
「この前マルコさんが、酔っ払いながらみんなに言ってたよー?」
その言葉に頭を抱え、机に突っ伏した。
あのカスゥウウウ!!何が黙ってればバレないだ!自分からバラしてるじゃねーか!
頭を抱える俺を、アナはソッと抱きしめ頭を撫でてくれた。
「よしよし、ソラも男の子だもんね。あの男に誘われて、断れなかったんだよね。入口で帰ったんだから、気にしなくていいんだよ」
め、女神か⋯⋯。アナは女神の生まれ変わりだった?頭をヨシヨシされながら、俺はアナの優しさを堪能していた。
「ところでさ」
「ん?なんだ?」
「あの女の匂いがするのは何でなの?」
俺は今アナの腕の中にいる、返答を間違えると死ぬ。今回は俺悪くないんだし、素直にあった事だけ話せば大丈夫だろう。⋯⋯大丈夫だよね?
俺は今日あった事を、出来るだけ詳細に話した。
ツルハシを受け取り、宿に戻ったら簀巻きにされ訓練所に拉致され、ボコボコにされたのだと。
「そっか、大変だったね」
「そんな面白い事起きてたのー?」
「面白くねーよ!」
俺の悲惨な体験を、面白いの一言で済ませようとするシャロ。
「あの女、まさかソラを狙って?それとも⋯⋯私が知らない情報を握ってる?」
アナはなにか、ブツブツ言っているがよく聞こえない。
誤解は解けた様でなによりだ。
俺はアナ一筋だし、浮気する気なんて起きるわけないよな。
シャロも妹みたいなもんだし問題ないな。
俺の残りのキノコソテーを、掻っ攫っていくシャロを見ながら思う。何しとんねん。
気を取り直して、俺は明日の予定を告げる。
「そういう訳だから、シャロ。明日は朝一で街を出るぞ。アナも見送りとかは無理しなくていいからな?」
「はーい」
「頑張ってはみるけど、起きれなかったらごめんね?」
「おう」
しばらく、この街を離れるのか。
異世界に来て初めての遠出に、一抹の不安を感じながら、俺は3人でいるこの時間を楽しもうと思った。




