70.お嬢様の特訓
アレックス君をこき使い、俺とシャロの10日分の料理を作り終えた。
これだけあれば、不測の事態に陥っても大丈夫だろう。
使ってない食材もアイテムボックスの中にまだまだあるし、必要な分は向こうで作ればいいしな。
シャロとアナは空腹を満たすと、2人で何処かへ出かけて行ったので、俺は道具の手入れをして時間を潰す事にした。
胸当てや手甲も大分ボロボロになって来たな⋯⋯。
今回の依頼で、新しい装備を買える位稼がないとな。
◇
夜が明けた。
早速ヴィーシュさんに依頼してある、2人分のツルハシを取りに向かう。
「おお、来たか。ほれなかなか良いのが出来たぞ」
「ありがとうございます!」
これは良いツルハシだな、握り心地も中々良い。
俺はヴィーシュさんに礼を述べ。
宿に戻る事にした。
この世界に来てから、初めて別の街に向かう訳だが。
どんな所なのかワクワクする。
確か名前は[ルクバトウ鉱山都市]だったな。
その名の通り、鉱山と都市が一体になっている所らしい。
明日向かう都市の事を思いながら、宿への道を歩いていた。
⋯⋯馬車が止まってるな。
シャロの実家である宿屋の前に、豪華な馬車が止まっていた。
その見覚えのある馬車を横目に宿の扉を開ける。
そこには初老の執事さんが立っていた。
⋯⋯たしか。セバス、だったか?
そんな感じの名前だった気がする。
相手も俺に気づいたのか、こちらに向き直りお辞儀をする。
「ソラ様、ご無沙汰しております。事前の連絡もなしに申し訳ございません」
「あ、いえいえ。アナスタシアに御用ですか?」
「いえ、本日は貴方様にご用件がありまして。失礼いたします」
セバスさんはそう言うと、目にも止まらぬ早業で俺を簀巻きにした。
「⋯⋯え!?なんで!?何々怖い!」
俺の抗議も虚しく、セバスさんに担がれ宿屋の外に運ばれる。
「ちょっと待ってください!説明!説明プリーズ!」
「もう暫しのご辛抱を」
「あ、はい⋯⋯」
そのまま表に止めてある馬車の扉を開け、馬車の中に運び込まれた。
⋯⋯アウラお嬢様が乗ってらっしゃったのね。
「ど、どうも⋯⋯」
下から見上げる形でアウラお嬢様を見上げる。
「ごきげんよう。ごめんなさいね、いきなり連れ込んでしまって」
「いえ、大丈夫っす⋯⋯」
「そう。では、向かいましょうか」
俺はどうやらどこかに連れていかれる様だ。
な、何もしてないんですけど⋯⋯。
俺の知らない所で、何かやってしまったかもしれない⋯⋯。
⋯⋯やっぱりなにもしてないんですけどぉ!
俺の心の叫びも虚しく馬車は走り出した。
◇
馬車は止まり、再度セバスさんに担がれ俺は馬車の外へ運び出される。
そのあとをアウラお嬢様がついて来る。
⋯⋯ふむ、ココは冒険ギルドか。
なぜか冒険者ギルドに運び込まれた。
セバスさんに担がれたまま中に入り、訓練所へと向かった。
そして俺は今、訓練所でグローブを手に着け、立たされていた。
な、何が起きて⋯⋯。せ、説明!説明プリーズ!
「それでは始めましょうか」
同じくグローブを着けたアウラお嬢様がそう言う。
「なにを!!」
「なにをって。貴方、アナスタシアの隣に並び立ちたいのでしょう?ですから、わたくしが鍛えて差し上げますわ」
⋯⋯なるほど。なるほど?意味が解らん。
仮にも貴族令嬢だろうあんた、フットワーク軽すぎない?
俺がアレコレ考えていると、拳が飛んできた。
「ぶっ!」
顔面に拳を受け。漫画の様に吹き飛びゴロゴロ転げ回る。
すぐさま、待機していたヒーラー様達が駆け付け回復してくれた。
⋯⋯やばい、この女イカレてやがる。
チワワの様に足腰がガクガク震えている俺に、アウラお嬢様は言う。
「わたくしが着けている、このグローブは魔道具でして、ダメージを10分の1に減少してくれるという、訓練にはもってこいの逸品ですわ」
わー。それなら安心だー。
なーんて安心するわけねーだろ!10分の1の威力で、人間が吹き飛ぶ拳を受け続けられるわけねーだろ!
「では、参りますわね」
「ちょ!まっ!」
ダメージが10分の1でも、拳が目に見えるスピードじゃないので俺は避ける事も出来ず、サンドバックの様に殴り飛ばされ続けた。
ヒーラーの人達は「今日は大忙しだな!」とか嬉しそうに話していた。
それでも何度も殴られ続けたお陰か、最後の方では何とか腕でガードをする事が出来る位には目が慣れていた。
勿論ガードごと威力が貫通するので無意味だったが。
それでも俺は食らいついた。
意識が飛びそうになっても、ヒーラー共が勝手に回復してくるので、強制的に立ち上がれるからだ。⋯⋯くそがよぉ。
後半は敬語とか忘れて、普通に罵声上げながら殴りかかっていた気がする。
「死ねやおらああああ!」
「シッ!」
カウンターで顎を撃ち抜かれ、糸の切れた人形の様に膝から崩れ落ちた。
陽も傾き出した頃。
ようやく俺は解放された。
身体のダメージはヒーラー達の働きにより、ほぼ無いが精神的なダメージは蓄積されるわけで⋯⋯。
うつ伏せのまま、地面に横たわっていた。
その状態の俺を、再度セバスさんが簀巻きにし運び出す。
馬車を走らせ、宿屋の前に馬車が止まる。
セバスさんは俺を簀巻きから解放すると、宿の扉の前にソッと座らせお辞儀をし離れる。
馬車の窓が開き、イカれたお嬢様が顔を覗かせ、別れの言葉を告げる。
「貴方、なかなか根性があるのね。とはいえ、あの子の隣に立つには、まだまだね。これからも、わたくしが少しずつ鍛えて差しあげますわ。ではごきげんよう。」
「我々はこれにて失礼致します」
ガラガラと音を立てて、馬車は走り去っていった。
⋯⋯⋯⋯もしかして、また殴られるの?
あ、明日は朝一でこの街を離れよう。
俺はそう心に誓い、何とか立ち上がると宿屋の扉を開けた。




